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2013年2月10日 (日)

芦屋ルナホールで行われた「電話リク再びラジオ関西」 

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芦屋ルナホールで行われた「電話リク再びラジオ関西」 (芦屋市主催)に参加

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お目当てのマリアリグレステイさんはインフルエンザで電話録音での出演。
ただし、マリアさんの夫と息子さんが横浜から来られ舞台で紹介されました。
映画監督大森一樹さん、阪神学で有名な文化プロデューサ河内厚郎・神戸夙川学院大教授などの話をお聞きすると、この当時いかにラジオ関西の電話リクエストの影響が大きかったかが改めてわかる内容だった。
もっとも60年代で、ラジオが一家に1台、ラジオ少年というラジオを製作する少年の時代でもあった。

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当時のリスナー代表として西宮市の横井さん(笹舟クラブ経営)が出演。
観客席に小山乃里子さんがおられたのも驚きだった。

くわしくは また後日報告したいと思います

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コメント

おはようございます。
このイベント、私も早々に希望の席を選んで前売り券を買っていたのですが、ここのところ風邪で病院通いが続き、咳が出るため、昨日は断念しました。(熱もなくそれなりに元気だったのですが、なにしろ咳が出るので… 咳こむと周囲の迷惑になりますので諦めました) チケットは友人が使ってくれ無駄にはなりませんでしたが、とても残念でした。詳細リポートを楽しみにしています。

お越し下さいまして有難うございました。
楽屋で40何年ぶりにお会いした井上正之助さんから興味深いお話しを山ほど頂きました。
ボチボチ御紹介していきます。
まず第一弾
井上さんは関学軽音OBでピアノ弾き
ジャズピアノにのめり込んだのは終戦後、天王寺の御自宅に黒人兵がやって来てピアノを弾かせてくれと言う・・・幼い井上少年のジャズ開眼
あの頃家にピアノが有るというエエ氏のボンだったというわけです。

このイベントでは、電話リクエスト番組のパイオニアとして、また電話リクエストというコミュニケーションツールと共に歩み、発展してきたラジオ関西の社史、番組史の一端が、多々語られたのではないでしょうかね。
近年、ラジオやFM放送におけるリスナーのリクエストや意見伝達手段がEメール主流になった一方で、
生ワイド番組の個別番組単位では、留守番電話とか録音電話によるリクエストや意見、感想の受付さえもほとんどしなくなったなかで、
本当の意味でのリスナーの生の声をジカに受け付ける、電リクの良さや有難味、暖か味を、このイベントを通じて再発見した事ではないでしょうかね。

Marian(るんるん)さんごぶさたしております
会場でお会いできず残念でした。お風邪の方はお大事に。
笹舟倶楽部・横井様 当日はお疲れ様でした。いろいろ大変だったでしょう。次回もあればいいですね
らぶSunさん ごぶさたしております
どちらかというとラジオ関西の歴史よりも、番組そのものが曜日によって番組担当者が異なりそれぞれの個性を通して海外の文化を知ることができたとか、映画監督の大森さんは、人格形成に大きな影響を与え、監督作品の主題歌にも影響が残るなど、当時の「電リク文化」を見つめ直すという感じで、古い音楽だけでもかまわない。新しい音楽を追求しなくても良いのでは。今の音楽たとえばAKBの曲ではこのような番組は成り立たないという感じの論調でした。ラジオ関西の電話リクエストでさまざまな洋楽(一時期は「帰ってきたヨッパライ」などの邦楽も)のヒットを生み出したラジオ関西の実績を評価したうえでの発言が多かったと思います

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