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2012年7月13日 (金)

ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想(第21週 大牧暁子さん)

ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想

第21週  大牧暁子さん 2012年2月20日~2月24日

お話の要点

1958年(昭和33)年7月入社.教職からの転職。NHKアナウンサー入社試験を最終面接まで進んだ大牧さん。
原水爆禁止世界大会の通訳アルバイトをしたことが原因でだめだった。そうしているうち恩師に請われて高校(大学付属の)の先生になるのですが、ラジオ神戸の重役の方から誘われ入社されることになった。

もっともその役員の方と繋がりがあった訳でもなく、NHK最終面接にまで残ったということでのお誘いだったと思われます。

その背景には、当時関西テレビの設立に神戸放送が大きく関与しており(当時の神戸放送・ラジオ関西は関西テレビの設立企業のひとつです)ラジオ神戸から10名の移籍者を出して、アナウンサー不足となった事情があります。
番組でも大牧さんが、当時の須磨の社屋では、関西テレビの新入社員研修がラジオ神戸で行われており、社屋には水着が干してあったという昭和33年7月の様子を証言されておられました。
ラジオ神戸の社屋をみた印象は、まるでサナトリウムという感じだった。
8月の最初から、「ミッドナイテイング神戸」という番組を担当した。早速ファンレターが多く届いたので驚いた。
地元兵庫新聞の取材を受けたこともあった。ミッドナイテイング神戸のテーマ曲は覚えていないがスリーサウンズというグループだった。スリーサウンズの曲が1日目のリクエストになった。
アナウンサーの修行はしたことがない。アクセント辞典も入社以後に買った。東京の言葉しか知らなかったのでアクセントの面では良かったが、言葉の違いには困った。
新人アナウンサー10名(うち女子5名)の時代。
アナブースのボスが高橋さん。(高橋美子さん)
職場の雰囲気は良かった。局アナを辞めたのが1965年。結婚して辞めたが番組は続いた。
ジャズを勉強したのはラジオ神戸に来てから。末広さんの影響が大きい。ロイエルドリッジにも会ったことがある。
神戸ジャズストリートも30年になる。子育てが終わってから末広さんと海外に行くようになった。
イタリアのギタリストを呼ぶなど、若い人をどんどん神戸に呼ぶようになっている。
日本で外国のアーチストを広く呼ぶジャズフェステイバルは神戸のものが群を抜いている。
英語での交渉はどうやら大牧暁子さんが担当しておられるようだ。(英米文学科卒で原水爆世界大会の通訳の経験があることからも相当なものと思われる)
テンミュージックアベニューは、ジャズが中心でこれは末広さんが選び、大牧さんも曲を選んだ。
仲がよかったアナウンサーは西内さん。(亡くなられた)
外国人ミュージシャンへのインタビューで、英語でインタビューして怒られた。日本語でインタビューして通訳を通さなければいけなかったから。
オール・アローン・アム・アイ(パーシィ・フェイス)は、テンミュージックアベニューのテーマソング。(木曜日のリクエスト曲)
最近のラジオを聴いて、無声化ができないということが気になる。
いまだに関西弁ができない。
スタジオの中にこもってやっていく時代ではない。
いろいろなところに出ていかなければならない。
テレビで満足してしまっているのではないか。ラジオは聞いて欲しい。

(アナウンサーのリクエスト曲・選曲)

2012年2月20日(月)モリタート/スリー・サンズ
2012年2月21日(火)スターダスト/ロイ・エルドリッジ
2012年2月22日(水)枯葉/イヴ・モンタン
2012年2月23日(木)オール・アローン・アム・アイ/パーシィ・フェイス
2012年2月24日(金)ホエア・オア・ホエン/ペギー・リー

解説と感想

大牧さんは、私が知るところでは、ラジオ関西のホットジャズラインなどを末広光夫さんと一緒にされておられたり、神戸ジャズストリートのステージ司会にも登場されるなど末広さんのとの関係を(何も知らない学生の頃は)不思議に思ったことがありました。
すでに、ラジオ関西60年の番組でも他の出演者が話題にされておられるように末広さんの奥さんが大牧さんなのですが、何せラジオ関西の女性アナは旧姓のまま通される方が多いのと、古いラジオ関西ファンの方々にお会いしたときよく話題になるネタ(嘘という意味ではない)なのだということがわかりました。
実は、この時代のラジオ関西のアナウンサー・プロデューサ等の社内結婚事情は相当の量になります。さらにフリーアナや番組関係者(電話リクエストの電話のお姉さんなど含め)まで話を広げるとさらに驚きますが、ある意味、それだけ仕事に情熱のある人たちばかりなので世界が限定されるというか、他の世界との接点もそれほどないのかもと思います
関西テレビといえば、系列はラジオ大阪と今ではなっていますが、KTV設立時とほぼ同時期にラジオ大阪(大阪放送)が誕生しています。
したがって先輩格のラジオ神戸でアナウンサー研修をするのも当然の流れだったのでしょう。
当時の神戸放送の田中社長が関西テレビ副社長兼務の時代です。
ラジオ大阪とラジオ神戸は、関西テレビを縁に急接近し、テレビとAMラジオ2局を利用したAMステレオ+映像という実験番組も放送(「コルトを持つ男」という番組名 )する時代で、ラジオ関西開局10周年の電話リクエスト公開番組も、大阪サンケイホールで行ったり、阪急西宮球場で「ナイターコンサート」も実施するなど、KTV、阪急・産経グループと親密な関係になる時代に入ります。
いずれにしても声が以前とかわらない大牧さん。林アナウンサーが22歳のときと変わらない声と表現しておられたことも、頷ける話です。

この「アナウンサーでつづるラジオ関西60年」は、かって2012年3月までラジオ関西で放送されたものです。
このブログでも、毎週月曜日分の登場者を紹介して応援していましたが もう少し整理したものが欲しいという声が多くなりました
ここに紹介するものは膨大な情報量のうち要約の一部に過ぎませんが、どのような内容であったかというメールが多く参考にしていただくものです
つまり、あらすじ的に表現するものです。したがって発言者にとって大切なことが抜けているということも十分に考えられます
したがって綿密な検証が必要なののはオリジナルをお聞きになってください

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