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2012年6月 3日 (日)

ラジオ関西電話リクエスト1976年放送(最終回)の録音が聞けるWEB

WEB検索中偶然発見しました。すばらしいサイトです。
このWEBでは

1976年1月の「電話リクエスト」(平日毎日午後7時バージョン)最終回の放送
(1)前田隆アナ、白藤丈二、尾崎芳子さんの火曜日
(2)三浦ひろあきアナ、唐川満知子さんの木曜日の放送

の一部がMP3で提供されています
http://flightsim.at.webry.info/201106/article_5.html

ラジオ関西はFM大阪開局の昭和45(1970)年5月、突然平日の「電話リクエスト」を打ち切り、「ナマナマ大放送」「若いおとなエンジョイヤング」というワイド番組路線に舵をきります。

ラジオ関西のドル箱番組だった「電話リクエスト」は完全な放送打ち切りではなく「ウイークエンド電話リクエスト」という土曜日のみの番組になりました。

もっとも、もともと電話リクエストは週1回の番組でしたが、NRN発足と加盟により独自のプロ野球中継を行うことが困難となり、得意な音楽放送を多く流す局への変更で、電話リクエストを毎日7時から週7日間という看板番組に成長した歴史があります。
しかし、当時のFM番組はFM情報誌で放送する曲名を公開する時代でしたので、FMで電話リクエストなどは頻繁に行われませんでした。FM東京などは、教育放送の使命もあることから高校講座のような番組をゴールデンタイムに設定しておられた時代です。当時のFM局のスポンサーは音響機器メーカーというハードウエアの会社が多く、現在のレコード会社の金銭面の提供で同じ曲ばかりをかけるという風潮もなく、放送はテープ録音(エアチェック)というのが当時の流行でした。民間FM放送の黎明期は放送された音楽を普及されつつあるオーデイオ機器で録音をするというのが流行であったといえるでしょう。

むしろAM放送局の方がヒット曲を発掘するという時代だったと思います。ビートルズの曲が広まったのはFMではなくAMで、「帰ってきたヨッパライ」がラジオ関西の電話リクエストで世に出たことが何よりの証拠と思います。

人気抜群の電話リクエストの打ち切りは時期早々だったということにラジオ関西も気がついた結果なのでしょうか?
再度1974年ごろには局アナを中心に「電話リクエスト」を再開するのですが、この局アナ中心の電リクには「奥田博之・マリアリグレステイ」「斉藤邦雄・小鹿ミキ」のような突出した曜日はなかったように思います。ただし、木元英治、加藤逸子、森山かずみ、三浦ひろあき、前田隆という局アナと大阪スタジオの女性タレントで結構人気はあったはずです。
1976年2月には「海岸通り午後7時」という音楽ワイド・はがきリクエスト路線を中心に電話リクエストは日曜日のみとなります

この録音では、それら当時のラジオ関西の番組を知る上で貴重なものと思います。

なお、このWEBサイトの製作者は関西在住ではなく、「関西地域のラジオ局の中では、一番良く聞き取れる中波局でした。」とあり、確かにフエージングや雑音はあるものの綺麗な音源です。「在京キー局とは違った趣」というラジオ関西ファン感激の解説もされています。
現在も三浦さんは(定年退職後も)現役で番組を持たれていますが、当時はさすがに若い声です。
是非お聞きになることをおすすめします

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私はマリアリグレスティさんの舌足らずの声が好きでした。受験勉強中のながら族でした。69歳

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