2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

« 尾崎紀世彦さんとラジオ関西 | トップページ | ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想(第2週 加藤逸子さん) »

2012年6月 2日 (土)

ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想 (第1週 大中照幸さん)

ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想

第1週 大中照幸さん 2011年10月3日~10月7日放送

お話の要点 特筆メモ
アナウンサーの第1期生は10名。内訳は男子7名女子3名
最高年齢36歳のまつかわけんじ(松川謙次)さん。京都帝国大学法学部卒で船会社から転身、2番目はわしお(鷲尾巌)さん。後に専務になられた方。34歳で税務署のお役人から転身
3番目は皆川儀太郎さんこの方は駒沢大学の僧籍があり、お経が読める人で長丁場が得意、4番目が まついまさかず(松井政和)さん早稲田の仏文で文章が書ける人、(5人目は)まさいたくみ(正井巧)さんはバイオリンが弾ける人
女性では小山美智子さん、まえだあきこ(前田昭子)さん、たきれいこ(高城禮子)さんこの方は神戸女学院の音楽科卒 そして私が神戸大学3年在学中の20歳、たきれいこさんも20歳でした。
もう一人わすれていました、とのむら(殿村收史)さんこの人は薬剤師さんだった人・・
ラジオ神戸は独自性を発揮しないと大阪局に負ける 個性を発揮しなければならなかった。
アナウンサーではないが当時松村ひちろうさんが課長でアナウンサーはこの人の指揮下に入った。
クラシック音楽が六十数%、藤田光彦顧問、朝比奈隆、辻久子が審査した「クラシック登竜門」生演奏の生番組だった。
他に「窓辺の音楽」という 中堅音楽家の番組。当時はクラシックのラジオ神戸が定着していた。

個性を出すために民間放送初のプロ野球中継(S27/7/15)を実施した。
南海、阪急、近鉄パールズ日生球場のこけら落としにもラジオ神戸が行った。試合終了後オーナーの挨拶を受けた。近鉄は低迷の時代だった。オーナーが来たのも中継はCRのみ。
野球解説者では南海関係で村上かずはるさん、元阪神の御園生 崇男(みそおおたかお)、パリーグの審判部長だった横沢三郎さん。この方は 戦前東京セネターズの監督だった。
青田昇さんが晩年阪急で引退、ラジオ神戸の解説者を無理言ってお願いした。後日青田さんが雑誌で「今自分がこうして野球で食べていけるのもラジオ関西の大中のおかげ」といっていただいた。

(アナウンサーのリクエスト曲)

2011年10月03日(月)
ガザラドラ序曲
2011年10月04日(火)
スケーターズ・ワルツ/マントヴァーニ
2011年10月05日(水)
南海ホークスの歌/灰田勝彦
2011年10月06日(木)
スポーツ・ニュースのテーマ音楽
2011年10月07日(金)
ゴールデン・ナイターのテーマ音楽

解説と感想
記念すべき「アナウンサーでつづるラジオ関西60年」第1週の担当は、第1期アナウンサーの大中照幸さん。
実は私の手元にある資料のうち、公式資料ともいえる「ラジオ関西50年史」には、設立当時のアナウンサーリストがあるのだが大中さんの名前は記載されていない。大中さんは、後にラジオ関西専務取締役にもなった方で、昭和30年代のプロ野球中継のプロデューサとして実況中の奥田博之アナウンサーや解説者の横沢三郎さんとともに写真が掲載されていた人であった。ラジオ関西のOB会長のようであるが、そのような方を間違えるとは謎でもあった。
しかし、話を良く聞くと大中さんは昭和27年の開局時点では、神戸大学に在学する学生であったという。そのような若き人々で作られた放送局だからこそ開局60年の現在でも多くの人々が元気にご活躍なのだろう。
開局時に成人式を迎えた人たちも今や80歳。鬼籍に入られた方も多く、この企画もぎりぎりの決断であった訳だ。10年後では、このような話をきけるかどうかわからない。
大中さんは、80歳とは思えない声で、さすがに元経営陣で、ラジオ関西を知り尽くした人がトップバッターになったという感じがしました。
しかしよく考えると、私がラジオ関西を聞き始めた頃に活躍されていたアナウンサーは三浦ひろあきさんが若手(といっても現在は70歳超)、当時のアナウンス部長の奥田博之さんでも、1933年生まれと聞いたことがあるので2012年現在では78~79歳なので第1期アナウンサーの大中照幸さんとの年齢差はそれほど無いということに気がついた。奥田さんがラジオ関西に入社したのは昭和33年、(実際には昭和32年の夏から社員同様に働いていたことはこの番組でもご本人の口から説明されていたが)昭和32~3年は開局5年目の年であったが、それ以前のアナウンサーは本当に関西テレビやサンテレビに行ってしまったのだろうか?そのようなことを強く感じさせられる放送だった。(実際には朝日放送テレビや読売テレビという新設テレビ局に移られた人も多かったようだ。このことについては今後検証します)

リクエスト音楽の選曲内容は第1期スポーツアナウンサーにふさわしく、開局当時の曲、スポーツ関係の音楽に集中していたように思う。後の時代のアナウンサーはスポーツアナでも、さまざまなジャンルの音楽を取り扱われていたのでかえって大中さんの選曲は際立ったものになっているように思う

この「アナウンサーでつづるラジオ関西60年」は、かって2012年3月までラジオ関西で放送されたものです。
このブログでも、毎週月曜日分の登場者を紹介して応援していましたが もう少し整理したものが欲しいという声が多くなり
ました
ここに紹介するものは膨大な情報量のうち要約の一部に過ぎませんが、どのような内容であったかというメールが多く参考にしていただくものです
つまり、あらすじ的に表現するものです。したがって発言者にとって大切なことが抜けているということも十分に考えられます
したがって綿密な検証が必要なののはオリジナルをお聞きになってください

« 尾崎紀世彦さんとラジオ関西 | トップページ | ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想(第2週 加藤逸子さん) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/189817/54861416

この記事へのトラックバック一覧です: ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想 (第1週 大中照幸さん):

« 尾崎紀世彦さんとラジオ関西 | トップページ | ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想(第2週 加藤逸子さん) »