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2012年6月10日 (日)

ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想 ( 第9週 木元英治さん)注:画像追加

ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想
第9週 木元英治さん 2011年11月28日~12月2日

お話の要点
昭和46年(1971年)10月入社ラジオ関西在職は10年間。10月入社というのは途中入社、ある東京の放送局への入社が決まっていた木元さん。何らかの理由で東京の局へ入社を逃したとき、縁がありラジオ関西の入社試験を受けた
広島出身で関東の大学で関西には縁がなかったため、入社試験のニュース読みで関西の地名がわからなかったという。
今回の放送で木元さんがラジオ関西のアナウンサーで鏡と思ったのが奥田博之アナウンサー。奥田さんのようなしゃべりがでできればという思いの話もあった。
当時のラジオ関西はアナウンス部と制作部が別 めくりの思い出:当時の安い給料で厳しかったがそこでの会話が財産となった。
当初音楽番組としてはエクセレントミュージックタイムという番組でロックを担当した。
当時はムード音楽というジャンルがあった。今では死語。レコード業界も売りたいものだけしかかけさせない。
その後ソウルミュージックに移った。1ヶ月会社を休んでアメリカに行った。
わいわいヤングという公開録音は当初三宮センター街で1年ほどしてから須磨のCRホールに移った。
アリス・ムッシュ・バンバンなどの関西系のグループ 中山ラビ、ユーミン(荒井由美)のステージで踊ったこともあった。
幸せな時代を過ごしたと思う。音楽は買って欲しい。ダウンロードの時代だが、音楽を消耗品にしないで欲しい。
LPを個人で2万枚所有している。ラジオ関西は役立つラジオであって欲しい。
最初はアナウンサーとしてニュースを読んでいたがDJをやりたかった。当時は分業の時代アナウンサーの仕事は決められていた。
夕方のワイド番組「木元英治の夕空にヨイショ」ややることになった。現在社長になった三枝さんに言われ消防局でレスキュー隊体験をするなどいろいろなことをやった。
当時奥田博之さんの昼の番組がパンフレットの2/3、自分の番組が小さく扱われるような状況だった。
木曜日のリクエスト曲「夕焼け小焼け」(薗田憲一とデキシー・キングス)は番組のテーマソング。
ラジオを担当するものがラジオを悲観してはいけない。ラジオを遊びに使うべき
過去に「留守番電話リクエスト」をチャレンジした。ポップアイランドという深夜放送を他局に負けないものを作った
ポップアイランドという島に住民登録をするなど、成功したように見えたが番組は打ち切りになった。こういう姿勢がよくない
ある程度我慢し続けなければならないと思う。

(アナウンサーのリクエスト曲・選曲)
2011年11月28日(月)ブラック・ナイト/ディープ・パープル
2011年11月29日(火)マンズ・マンズ・ワールド/ジェイムス・ブラウン
2011年11月30日(水)飛行機雲/荒井由実
2011年12月01日(木)夕焼け小焼け/薗田憲一とデキシー・キングス
2011年12月02日(金)エレクトリック・ラヴ・ストーリー/近田春夫

解説と感想

木元さんは、主に洋楽番組を担当アナウンサーというよりDJといったほうがいいような方だった。その後FM広島開局により、故郷広島に移られたという伝説的アナウンサー。
入社当時は、ラジオ関西にアナウンス部があり制作部とは別だったという。
今、編成をするなら自分はどのような放送をしたいのかという問いかけには「若者向け」と即答する一方「60台未満お断りのような番組もしたい」という木元さんだった。昔とほとんど変わらない姿勢に驚きました。
現役時代とかわらない口調で我が家に戻ったような木元さん。最終回の奥田さんが遠慮がちに答えるのと対照的だったような気がする。

追記

なお、木元さんが、この番組で話しておられた当時の番組紹介のパンフレットは下記のものと思われる。たしかに下1/3が木元さんで、上2/3が奥田さんの番組紹介である。

Panf

画像追加 6/10 19:30

この「アナウンサーでつづるラジオ関西60年」は、かって2012年3月までラジオ関西で放送されたものです。
このブログでも、毎週月曜日分の登場者を紹介して応援していましたが もう少し整理したものが欲しいという声が多くなりました
ここに紹介するものは膨大な情報量のうち要約の一部に過ぎませんが、どのような内容であったかというメールが多く参考にしていただくものです
つまり、あらすじ的に表現するものです。したがって発言者にとって大切なことが抜けているということも十分に考えられます
したがって綿密な検証が必要なののはオリジナルをお聞きになってください

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コメント

下のチラシ、素晴らしいですね。

話の中にあった、3分の2、及び3分の1の意味合いが、これだけを見てもよくわかります。

木元さんのお話で印象に残っているのは、
「当時ラジオは一番進んでいたことをやっていた」
という意味合いの言葉です。

また要点と解説が的を射ていて、大変的確で素晴らしいです。

私もこの番組のことは、少しブログで書いてみようかとも思いましたが、やめておきます。

とくながさん ごぶさたしております
コメントをいただき、またお褒めの言葉もいただきありがとうございました。とくながさんのようなプロの作家の方に言われると嬉しいです。
また、とくながさんんもぜひブログでの批評を楽しみにしております。

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