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2012年6月23日 (土)

ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想(第18週 山田健人 さん)

ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想
第18週 山田健人 さん 2012年1月30日~2月3日

お話の要点

昭和36年の入社入社は昭和36年の4月の予定だったが、昭和36年3月から1ヶ月間、ニッポン放送の新人アナウンサー教育を、ニッポン放送社員とともに受けたという山田さん。ニッポン放送との良い関係の時期だったとつくづく感じます。(ニッポン放送の研修を受けていたのは他社ではラジオ関西だけとか)
もっとも当時は、テレビの普及も少なくラジオが「まだまだ元気」だった頃。当然ラジオ関西も元気でした。
ラジオ放送が今と違うところは、ひとつは放送機材(の進化)であり、もうひとつはラジオを取り巻く環境である。
ラジオ関西はテレビの出現 オイルショック 震災とさまざまな困難に出会った.
ラジオ関西は、しぶとくてここまで生き延びているが、そのたびに経営陣が変わり、年々人は少なくなっていった。

阪神淡路震災前では斜陽メデイアの代表格であるといわれたが 震災で息を吹き返した。

1年後競馬実況中継をすることになり、競馬記者クラブで、KTVの松本アナウンサー(元ラジオ神戸)からいろいろと目をかけていただき、教えていただいた。
競馬中継をするために、阪神競馬場や京都の競馬場に中継に行った。
野球中継も担当した。当時は奥田博之さんとか関西のピカイチのアナウンサーがいたので自分にプロ野球中継のお鉢が回ってくることがなかった。当初高校野球を担当した。
プロ野球中継デビューは、なんばの大阪球場で南海対東京(現ロッテ)戦。1週間後には南海・近鉄戦を担当したが大乱戦で3時間を超えるものとなった。
プロ野球中継が再開されるとラジオ日本とネットになった。奥田博之さんが大先輩だったが退社され、山田さんが残ったアナウンサーでキャリアがあるものの一人となった。
ラジオ日本のアナウンサーやラジオ日本のプロデューサ・デイレクターに鍛えられたが厳しかった。
競馬はKTVのアナウンサーに、野球はラジオ日本のアナウンサーに鍛えられたことになる。
オールスターゲームの中継では、セリーグの攻撃がラジオ日本アナウンサー、パリーグの攻撃がラジオ関西アナウンサーが中継するなど工夫をした。
開局20周年のとき、「ワイド560」(当時の周波数は558KHZ)という朝のワイド番組を担当した。
ラジオ中継車(ポップ)を走らせ好評を得た。1987年早朝の「俺だってサラリーマン」という番組
ポートピア81の開会式の式典の中継を担当した。ユニバーシアード神戸大会の開会式・マラソン中継を担当した。
ラジオ関西の電話リクエストも担当したが大阪スタジオ担当であった。ラジオ関西は音楽に詳しい人が多いのでこの分野での活躍は少ない

コミュニテイFMのお手伝いをしているので、電波行政的にも関心をもっているが、
今後マルチメデイアの帯域が生まれ、FMやAMという枠組みでなく同じ枠組みで勝負する時代となるといわれている。
ラジオ関西は、今後、過去の特性を生かすことが必要ではないか。
アナウンサーの職種をみても、今のしゃべり手には緊張感が少ないように思う

今は、アナウンサーの話に、笑いを取り入れるようなことを許されるが、昔はそれが許されない(羨ましさ)
過去には始末書に至った例もあり、当時はシビアであった(きつかった)。今はリラックスしている。
緊張があるのが、いいほうも悪い方もある。アナウンサーの話は相手との距離を測りながら話をする仕事と思うようになった。
アナウンサーの話す速度も現在は早くなっている。
ラジオとは何かを原点に戻り考えてみることも大事なことである。
ラジオを聴くひともたくさんいることも自負しながら話すことも重要。日航機事故ではニュースを読むとき体が震えた。事故は突然起こる。慣れていてはだめである。

(アナウンサーのリクエスト曲・選曲)
2012年1月30日(月)そして今は/ジルベール・ベコー
2012年1月31日(火)ヘイ・ジュード/ザ・ビートルズ
2012年2月01日(水)ラジオ関西ゴールデン・ナイター/番組テーマ音楽
2012年2月02日(木)夢見る想い/ジリオラ・チンクエッティ
2012年2月03日(金)上を向いて歩こう/坂本九

解説と感想
お名前の読み方は「やまだきよたみ」さんが本当らしいのですが、私が聞いていた頃には「やまだけんじん」さん。
「やまだけんじんの俺だってサラリーマン」というワイド番組タイトルもありました。今から思うと不思議なタイトルですが。

この方も「しばらく、番組ではお声が聞けてないなあ」と思っていたアナウンサーの一人でした。専門はワイド番組というよりスポーツ中継という感じ。昔の資料では野球のほか競馬番組も担当されていたようです。
私が山田さんのお声をひさしぶりに聞いたのが、阪神淡路大震災のときの震災報道のシンポジウムで登場されたのが、当時の取締役報道制作局長の山田さんでした。
 
在職は長く、さらに現在はコミュニテイFMのFM三木の局長をされておられます。
そのようなこともあり、ラジオのプロとして50年のキャリアをもつ山田さん。実に現役時代と同様のすばらしい内容だったと思います。

この「アナウンサーでつづるラジオ関西60年」は、かって2012年3月までラジオ関西で放送されたものです。
このブログでも、毎週月曜日分の登場者を紹介して応援していましたが もう少し整理したものが欲しいという声が多くなりました
ここに紹介するものは膨大な情報量のうち要約の一部に過ぎませんが、どのような内容であったかというメールが多く参考にしていただくものです
つまり、あらすじ的に表現するものです。したがって発言者にとって大切なことが抜けているということも十分に考えられます
したがって綿密な検証が必要なののはオリジナルをお聞きになってください

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コメント

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この歌は 最高ですね。未来 九ちゃんのような歌手が 日本に出てくるかナァ?音楽同好会(名前検討中 坂本九を語る会
こないだ 坂本九さんの 上を向いて歩こう を 独りカラオケで 歌って 点数70点でした。カラオケ同好会(名前検討中

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