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2012年6月22日 (金)

ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想(第17週 高橋美子 さん) 

ラジオ関西60年 各出演者の話題要点と解説・感想
第17週 高橋美子 さん 2012年1月23日~1月27日

お話の要点

昭和28年入社すなわちアナウンサー2期生 受験者は1500名程度
同期には玉井孝アナウンサー(後の朝日放送)、藤井万里子アナウンサー(かなり早期に退職とか?)と高橋さんの3名でした。
本来は新聞記者希望であったがアナウンサーに変更した。放送は何も知らなかった。応募書類をラジオ神戸に届けに行ったがそこで放送劇団の少年ターザン役の人に渡したその人で大丈夫かと思った。入社後わかったことであるが、よく書類が総務に渡ったものだと思った。音声テストでは写真を見せられて話をするのだが、そこでオリンピックのマークがみえたので「五輪の輪が・・」とおかしなことを言ったまま、その状態から抜け出せなかったという失敗談があった。
玉井さんはNHKのアルバイトで慣れており即戦力だった。しかし女性陣はだめだった。仕事が無いのでいつも2人でいた。当時のラジオ神戸は専務以下肩書きをつけず「さん」付けの職場で誰が偉いかわからない職場だった。
犬が社内を歩く。クッキーという汚い雑種の犬だった。テニスをする人もいた。のんきな時代だが、放送は生放送ばかりで綱渡りの時代だった。アナウンサーの遅刻、ナマCMで笑うと放送事故になる。笑いをこらえるのが苦しかった。
勉強するようになったのはプロデューサになってから。アクセント辞典も小さいものしかなかった時代。知らないことは強いこと。原稿用紙が真っ白だったという夢をよく見た。あわててアナプールまで走っていくが橋っても戻れない夢。
当時のアナウンサーは男子は大勢いたが女性は2人しかいなかった。報道にじいちゃんというデスクの人。制作におばさまという個性的な人がいた。この人たちに鍛えられた。
報道のじいちゃんはアクセントにうるさい人だった。知識があるが知恵が無いとよく言われたこのことは最近になってよくわかる。おばさまはヒステリを起こすがよく物事を知っているインテリであった。
そのおばさまは今で言うアラフォー。50歳台になって結婚された。当時は公開録音が多く採算があわないようなものが多かった。楽しい時代。
当時ラジオドラマの現場を良く見た。そこでアナウンサーとドラマでは発声が違うということがわかった。
仕事の多忙で体を壊し1年間休職するはめになった。
クラシック担当の藤田光彦男爵にお見舞いをいただいたが「今度来るとき蛾のスープをもってきましょう」(藤田先生は蛾を食べることで有名)と言われ早く治さなければと思った。
藤田男爵には「じいや」さんがついておられレコードを持ってきておられた。レコードを大切にする方で藤田先生のレコードを扱うのは気を使った。
病気療養中、本を読んではいけない、ラジオを聴きなさいということでラジオ神戸を聞くと知らない声ばかりで焦った。
ラジオ神戸の上司からは働かせすぎたという詫び状が来た。かわった会社だった。やっていることが家内工業的だった。
ラジオはTVと違って音のみである。音を生かさなければいけない。ラジオは集中できる。ラジオの生きる道は空想力ではないか。見ていない方がいいのもある。

(アナウンサーのリクエスト曲・選曲)
2012年1月23日(月)ハートブレイク・ホテル/エルヴィス・プレスリー
2012年1月24日(火)煙が目にしみる/ザ・プラターズ
2012年1月25日(水)真珠の首飾り/グレン・ミラー・オーケストラ
2012年1月26日(木)バラ色の人生/エディット・ピアフ
2012年1月27日(金)ラプソディ・イン・ブルー/ジョージ・ガーシュウィン・オーケストラ

解説と感想
番組ではいわれていませんでしたが、高橋さんは、ご結婚後も(神崎美子という名前で、小山乃里子さんの回で登場される上司の副部長)ラジオ関西で報道制作に携われ管理職アナとなっておられます。小山さんは「しいたけかあちゃん」という愛称で紹介しておられました。
こちらの調査では高橋さんは1968年6月ごろに退社されておられます。ご夫婦でラジオ関西におられた時期もあったようですがご主人がラジオ関西から、YTVに行かれた方ときいたことがあります。
(このようなことは放送では言われないと思いますが、いかに当時のラジオ神戸の方が他局に迎えられたかということがわかる話題と思います)。

この「アナウンサーでつづるラジオ関西60年」は、かって2012年3月までラジオ関西で放送されたものです。
このブログでも、毎週月曜日分の登場者を紹介して応援していましたが もう少し整理したものが欲しいという声が多くなりました
ここに紹介するものは膨大な情報量のうち要約の一部に過ぎませんが、どのような内容であったかというメールが多く参考にしていただくものです
つまり、あらすじ的に表現するものです。したがって発言者にとって大切なことが抜けているということも十分に考えられます
したがって綿密な検証が必要なののはオリジナルをお聞きになってください

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