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2012年3月28日 (水)

ある局の番組表(クイズ どこの放送局?)

この写真は、ある時代の 有名ラジオ放送局の番組表です。
Dscf0606

土曜日の朝7時には、松島武雄アナウンサーの「カレッジオブミュージックコンサート」そして日曜日の朝7時には、斉藤ヒデオアナウンサーの「クラシックデイスコグラフィー」という題名からするとクラシック音楽の番組があります。
さらに この放送局では朝の9時から10時50分まで、月~金の帯番組で奥田博之アナウンサーの番組がありました。
この3名は、ラジオ関西に昭和33年入社(実質は昭和32年?)のアナウンサーですが、驚くべきことに、この番組表の放送局はラジオ関西ではないのです。

おまけに、午後の帯番組には小山乃里子さん(元CR局アナ)さらに深夜には、加藤逸子(元CR局アナ)さんの番組、ほかにも「ラジオ関西の電話リクエスト」で有名だった、白藤丈二、八木誠、藤川慧子さんの番組がありました。
いったいこの放送局はどこなのでしょうか?。

答えは 

・・・・

・・

(この下にあります)

・・

・・・

・・・・

Dscf0605


実は、この放送局とは、FM大阪なのです。FM大阪は1970(S45)年4月の開局ですが、その10年後の1980年の番組表なのです。
ラジオ関西(当時ラジオ神戸)の開局は昭和27年ですが、開局5年後には、ラジオ神戸のアナウンサーがテレビ局開局ラッシュに伴い(当時のTV局は、民間放送がOTV(大阪TV・・現在のTV大阪でなく、MBS+ABCのような会社)だけだったのが朝日放送、関西テレビ、よみうりテレビが開局)多くのアナウンサーが移籍され、人材払拭状態になったのですが、FM開局10年後にはそのラジオ関西アナウンサーがフリーアナ化し、FM局やテレビ局に進出されたことが伺えます。
松島武雄さんは、サンテレビ設立時出向されますが、サンテレビ社員とはならずフリーアナとなります。
斉藤ヒデオさんは、ラジオ関西で奥田博之さんのライバル的存在だったらしいのですが、電話リクエスト4代目のアナウンサーへの抜擢が、斉藤ヒデオさんの退社の遠因となったというのがラジオ関西60年放送での奥田博之さんの証言でした。

たしかに3代目乙川アナウンサーは1年間の短期で、新入アナウンサーへの交代となると、それなりに感情面の問題がおこったのでしょう。
乙川アナも退職、斉藤ヒデオアナも退職されたということは知っていたのですが、このことを奥田さんの解説で知ることになるとは思いませんでした。
その斉藤ヒデオさんは、アナウンス教室で岩崎和夫アナを指導されておられたようです(これもラジオ関西60年放送で岩崎さんが言われていたことです)が、1980年にはFM局にも出演されておられたとは気づきませんでした。
しかし、奥田博之、斉藤ヒデオ、松島武雄という元ラジオ関西の管理職アナがFM大阪に揃って進出していたとは新たな発見でした。

番組表は ランラジオVOL11(自由国民社1980)から 

ラジオ関西ファンWEB表紙を祝60年バージョンの写真に変更しました

今回のラジオ関西WEBの表紙写真を祝開局60周年バージョンに改訂しました。

写真は旧須磨本社ですが、1967年ごろ、レストイン須磨が開設された当時の 広告マッチ箱の写真です。

昭和42年 高度成長期の貴重なものです。ぜひご覧ください

http://jf3mxu.g-7.ne.jp/jocr-fun/

2012年3月27日 (火)

(写真)ラジオ関西 電話リクエスト時代の奥田博之さん

写真家の井川宏之先生から、ラジオ関西旧須磨本社スタジオで撮影した奥田博之アナウンサーの写真をいただきました。

白黒・カラーそれぞれ撮影年代は別のようですが、電話機をとっているのは電話リクエストの受付をしているのではなく写真撮影のポーズのようです。

井川先生には、スタジオでの奥田さんの写真を何枚か頂戴し、このブログでも過去に紹介していますが、スタジオ外の電話受付場所での撮影というのも珍しいと思います。

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L

(写真)ラジオ関西 電話リクエスト時代の奥田博之さん

2012年3月26日 (月)

今週(最終週)の出演は奥田博之さん(ラジオ関西60年)

来週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年の出演者は、事前情報どおり奥田博之アナウンサー。
奥田博之さんは、昭和33年(1958年)入社ですが、実は、大学在学中(採用決定後)からラジオ神戸で仕事をしていたということ。前年度の夏に採用試験があったのでその後すぐ仕事をはじめたのだろうと想像できる。
当時は 関西テレビ・よみうりテレビ開局によるアナウンサー人材払拭があり、即戦力となる、現職アナや大学の放送部出身者などに狙いを定めた、採用であったらしい。
奥田さんの説明では、5名の男性アナについては関学大(2名)や早稲田大の放送部、山陽放送のアナウンサーなどで、奥田さんも同志社大の放送部出身だったという。
(松島武雄さんの放送では、斉藤ヒデオさんを関学の放送部キャプテン、奥田さんを同志社の放送部キャプテンといわれていましたが、奥田さんは松島さんを早稲田の放送部の推薦だといわれていました。)
ラジオ関西では当初スポーツアナとしてスタート。当時からプロ野球地元県の放送局であったラジオ関西は日本シリーズの中継を担当し、当時のラジオ関東に逆ネットされたという今となれば皮肉な話も残っています。「電話リクエスト」でマリアリグレステイ、「ナマナマ大放送」では笑福亭鶴光と担当するなど看板アナウンサーとなった。

1979(昭和54)年頃ラジオ関西を退職しフリーアナとなり、よみうりTVでは「2時のワイドショー」・FM大阪の朝ワイド「あなた」・サンテレビ「サンテレビボックス席」の中継で活躍した。ちなみにサンテレビ第1号アナウンサーとなった松島武雄さんの番組証言によれば、「サンテレビの中継陣はラジオ関西の野球中継陣である放送1課が移籍したもの」であるから、奥田アナの起用はその実力を熟知したものであったと考えられる。
朝はFMの音楽ワイド番組のDJ、昼は全国ネットのワイドショーの司会、夜はタイガースナイターの実況中継と異分野の番組を担当した奥田博之のフリーアナとしての成功はラジオ関西の経験と実績に裏づけられたものであったと考えられる。
2時のワイドショーは、大阪よみうりテレビの制作であるがNNN系列の全国ネット番組であり、結果的に2時のワイドショーの全盛期は奥田さんの司会の時代であり、番組ではレコードも出すなど全国区の人気アナウンサーとなった。奥田博之アナウンサーはフリーアナウンサーとしての成功例とも評されることが多い。(近畿圏のラジオで活躍した小山乃里子さんや、FM東京JFN系で活躍された加藤逸子さんなどもラジオ関西出身のフリーアナとして有名である。伝説のアナウンサーとなったのは、フリー後ラジオ関西には出演されていないことが大きいことと感じている)

Okuda


なお、このブログでも幾度か書き込みをいただいいている、フロムさんはFM大阪出身で、奥田博之さんの朝の帯番組(「あなた」)を担当された方で、WEBで記事にもされている。(下記)

http://from3.net/modules/page/content0027.html

下記のWEBもぜひご覧ください。このラジオ関西ファンブログ常連の迷馬さん力作のページです。

CRKが生んだ、伝説のアナウンサー 〜奥田博之物語〜

http://web.me.com/stray_horse/We_Love_JOCR/A_legend_of_CRK~HIROYUKI_Okuda~.html

今週の展開が楽しみです。

2012年3月24日 (土)

最終週の出演は奥田博之さん??(ラジオ関西60年)未確認情報

来週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年の出演者は、未確認情報ですが、奥田博之アナウンサーという情報をいただきました。
ラジオ関西制作陣の大ホームランですね。
情報源は、このブログへ吉田康夫様から投稿いただいた内容で、名曲ラジオの三浦ひろあきさんが3/24の番組で言われていたようです
私は、残念ながらその放送は聞き逃しておりますが、実現すればラジオ関西ファンビックニュース確定です。
http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/60-ef22.html
実現すると、奥田さんの出演はラジオ関西退職しフリーになられてから以来のことですから30年以上経過してのラジオ関西のマイクを握られるということになると思います

2012年3月20日 (火)

写真雑誌CAPA4月号に写真掲載(月例フォトコンテスト入選)

今月の写真雑誌の実質の発売日は各雑誌とも3月17日の土曜日でした。
先月のCAPAの「生き物部門」に続き、今月号はCAPAの「スナップ部門」に入選し、作品が掲載していただけました。
他の雑誌はあいかわらずの不調が続いています。

Dscf0598

(入選)雑誌「CAPA」月例フォトコンテスト 2012年4月号 スナップの部入選「成人式の日」 写真・コメント掲載
平成24年3月17日発売(学研パブリッシング)202頁 選者:ハービー山口先生

雑誌「CAPA」月例フォトコンテスト 2012年4月号 スポーツの部 3次予選通過「やはり寒いよ」作品名・氏名のみ掲載
平成24年3月17日発売 3月号紙面 145ページ(学研パブリッシング 選者:水谷章人先生

雑誌「CAPA」月例フォトコンテスト 2012年4月号 いきものの部 2次予選通過「夕暮れのヌートリア」作品名・氏名のみ掲載
平成24年3月17日発売(学研パブリッシング)145頁 選者:海野和男先生

雑誌「CAPA」月例フォトコンテスト 2012年4月号 風景の部 1次予選通過「漁港の正月」作品名・氏名のみ掲載
平成24年3月17日発売(学研パブリッシング)145頁 選者:竹内敏信先生

雑誌「デジキャパ!」月例デジタルフォトコンテスト 2012年4月号 選考通過・あと一歩「寒稽古」 作品名・氏名のみ掲載
平成24年3月17日発売(学研パブリッシング)119頁 選者:清水哲朗先生

2012年3月19日 (月)

今週の出演は 岩崎和夫 さん(ラジオ関西60年)

今週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年の出演者は、従来の1週間バージョンに戻り1979年(昭和54)年4月入社の
岩崎和夫(いわさきかずお)アナウンサー。
生涯現役アナウンサーといわれる岩崎さん。今だ卒業した気分ではないといわれていました。青春ラジメニアのパーソナリテイとして知られる人気アナウンサー。現在はフリーアナウンサー。
同期入社には三上公也アナウンサー(現在ラジオ関西報道制作局長)がおられるということ。(これは有名な話です)この番組放送ではじめて知ったことは、その年度の採用試験はカテゴリとして「スポーツアナ」。当時のラジオ関東とのジャイアンツ戦中継を見越して、プロ野球中継のできるアナウンサーを採用するという意向だったのでしょう。しかし、(結果として)私の中で三上さんや岩崎さんはスポーツアナという感じではなく、ラジオ関西の最近のスポーツアナといえば牛尾淳さんや、国広正夫さんや林アナウンサー、少し古くても山田けんじんさんというのがジャイアンツ戦スポーツアナというイメージ。
岩崎さん以降のアナウンサーはスポーツアナ採用ばかりといわれていました。(たぶん女性は別)今週の放送はラジメニアファンの方は待望のはずで録音ものですね。しかし、来週は最終週なので出演者は誰かと非常に気になります。

2012年3月16日 (金)

今日(2012/3/16)の出演は山口則子さん(ラジオ関西60年)

今週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年の出演者は曜日ごと日替わりの担当となり今日は1958年(昭和33)年 入社の 山口則子(やまぐちのりこ)アナウンサー。電話出演です。
S33年は 関西テレビ開局に当時のラジオ神戸が協力(設立母体の1つであった)した関係や、よみうりテレビ開局によりアナウンサーの退職が多く、実に10名もの大量採用をした年で奥田博之・斉藤ヒデオ・松島武雄さんなどが入社された年度です。
男性アナは判明しているのですが女性アナは、大牧暁子さんぐらいしかわかっておらず、この年度どいうことで興味深く拝聴できました。山口則子さんの名前は聞いたことがあるのですが、局アナか放送タレントの区別がつかないためリストには入れていませんでした。早速リストを改訂します。
山口さんは、須磨生まれ・育ちという地元出身者。大学4年のとき採用された(大学在学中入社)といわれていました。高度成長期前の社会は女性の就職は教師やマスコミ関係と大卒者は限られた時代だったことは何名かの方が証言されておられました。
ラジオ関西在籍は4年間。クラシック番組がやりたくて入社した山口さん。念願どおりラジオ神戸の多くのクラシック番組を担当されたようです。
職場結婚となりますが、驚いたことに相手は音楽プロデューサの小石忠男さん。このブログでも過去に記事をしたことがありますが、クラシック担当で退職後は音楽評論家として活躍され2010年11月ごろお亡くなりになられた方です。

番組では、最後にこのことにも触れられ「小石則子さん」という表現もされておられました。
ラジオ関西音楽プロデューサではジャズの末広光夫さん、クラシックの小石忠男さんが有名ですが、ともに音楽評論家となる共通点のほか、奥さんがS33年入社のアナウンサーということも共通するという偶然に驚いたところです。その後のプロデューサでも局アナとご結婚された方は何人かおられるようですが。
ラジオ関西60年は奥が深い番組です。歴史の古いラジオ局であることは承知していましたが、その後にできる朝日放送(TV部門)、関西TV、よみうりTV、サンテレビにも少なからず人材が流れ、影響を与えていることが改めてわかります。(その意味ではFM大阪、FM802開局時も同様に人材が流出しますが同じ兵庫のKISS-FM開局には見事なまでに例外(CR社員移動なし)というところにKISS-FMの結果的人材戦略ミスが感じられます。もっとも、資本的に無縁で、同じ県のラジオへの人材流出はむずかしいのでしょう。私がもし業界人なら、ラジオ関西のある兵庫のFM局はそれだけで敬遠しそうです)

ラジオ関西アナウンサーリスト を改訂 追記しました

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-9f37.html

2012年3月15日 (木)

今日(2012/3/15)の出演は宗国博一さん(ラジオ関西60年)

今週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年の出演者は曜日ごと日替わりの担当となり今日は1957年(昭和32)年 入社の 宗国博一(むねくにひろかず)アナウンサー。
S32は、S33年の奥田博之・斉藤ヒデオ・松島武雄さんなどの大量採用の前年度であるため、関西TV設立によるアナウンサー大移動があった年であるため、現在から見ると空白に見える時期でした。
この年の採用は男子3、女子2の5名。話にでていた同期の人は「あえばさちこ」さんぐらいです。
今回の宗国さんのお話で、明らかになったことは、関西テレビ設立で多くの人が異動したことに加え、よみうりTV開局でも(引き抜き的な)アナウンサーの移動が起こったため、宗国さんは、新人なのに古株のような存在となったことを話されていました。
宗国さんは5年間在籍され、(昭和37年ごろに)故郷四国の西日本放送に移られます。
ラジオ関西在籍中はプロ野球の実況中継などを担当されますが、お話にあったのはパリーグの中継の話ではなく、セリーグの巨人阪神戦。甲子園球場に当時からラジオ関西のマイクが入り、東京へはラジオ関東へネットしていたと証言されています。
当時の解説陣は青田昇さんや、横沢三郎さんということですから、第1回に登場された大中アナウンサーの証言と一致します。
当時は阪神戦といえども大阪局はそれほど中継をしておらず、ラジオ関西はプロ野球中継の老舗であったということです。
よく考えると、プロ野球中継は長い時間放送しなければならず、当時はテレビの地位とラジオの地位が反対だったということ。すなわちラジオの看板番組はプロ野球ではなく娯楽番組だったということ。
ラジオ神戸・ラジオ関西は当時から、試合最終までの完全中継を売り物にしていましたが、これは大阪局が大企業スポンサーがつく娯楽番組という箱番組が中心でラジオ関西のような思い切った編成ができなかったためでしょう。
甲子園からの試合を完全中継というのはサンテレビボックス席のお家芸みたいに思われていますが、そのサンテレビ中継陣は元ラジオ関西放送第1課が移籍した(サンテレビ1期生になった松島武雄アナウンサーの番組証言)からあきらかなように
当時のラジオ関西のプロ野球中継の環境が、後のサンテレビの事情と、大阪局の番組ネットワーク事情とよく似たものということに気づきます。もっともラジオはゴールデンタイムを娯楽番組からラジオネットによるプロ野球中継に移り、関西はプロ野球球団が多いのにもかかわらず、阪神戦中心になります。したがってラジオ関西はパレーグ比率が高まることになり独自の野球放送ネットを構築しようとする動きを見せましたが、NRNやJRNができ、その年を境に、ラジオ関西はプロ野球中継を撤退し、1年中電話リクエストを1週間全部午後7時から放送する(7-7電話リクエスト)という方針に転換します。
さらにその7-7電話リクエストもFM大阪開局の昭和45年5月に「ナマナマ大放送」という娯楽番組。ちょうどラジオ大阪の深夜のバチョンのような番組を野球放送時間帯に行うという動きを見せることになります。

その娯楽番組路線も、かって昭和30年代のプロ野球中継でネットを組んでいたラジオ関東(現在のRFラジオ日本)と巨人戦中継で手を組みます。大阪局が阪神戦のみを放送する中RFラジオ日本と組むのは相当な勇気がいったのでしょう。しかしラジオ関東はNRNができるまではプロ野球のネット局だったという事実に気づきます。おそらくそのときの縁というのはあったのでしょうね。ただし、この野球中継のおかげでラジオ関西はNRNを事実上の除名になります。

見事なまでの、自らの不利な立場を利用し、他局の逆を行くという手でさらに、最先端な手法を取り入れていることがわかります。

ラジオ関西アナウンサーリスト を改訂 追記しました

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-9f37.html

2012年3月14日 (水)

今日(2012/3/14)の出演はごみょうゆみこさん(ラジオ関西60年)

今週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年の出演者は曜日ごと日替わりの担当となり今日は1960年(昭和35)年 入社のごみょうゆみこアナウンサー。電話出演でした。
在籍は2年ほどと短く、その後サンテレビでも仕事をされていたようだが、その後20年以上大学で教鞭をとられていたようだ。ラジオ関西をやめられた後、斉藤ヒデオアナウンサーと結婚されたようだ。
当時は職場結婚の場合、どちらかが先に辞められるという不文律があったらしい。
斉藤ヒデオアナウンサーは昭和33年入社であり、大学時代も同じといわれていたので、こちらも関学大OBなのでしょうね。
よく考えると、この番組担当の井上さん(昭和39年入社)も関学大出身とどこかで読んだ記憶がある。(ただし放送部関係かどうかは不明です)したがって、ごみょうさんとの接点は無く、
斉藤ヒデオアナウンサーは4代目電話リクエスト担当者で1963年12月31日付で副部長で退職されている(その後フリーアナ)残念ながらすでにお亡くなりになられているようだ。斉藤ヒデオさんの奥さんということで斉藤ヒデオさんの話題もあり内容の濃い15分だった。

ラジオ関西アナウンサーリスト を改訂 追記しました

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-9f37.html

2012年3月13日 (火)

今日(2012/3/13)の出演は山田かずおさん(ラジオ関西60年)

今週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年の出演者は曜日ごと日替わりの担当となり今日(2012/3/13)の放送は1958年(昭和33)年 入社の 山田かずおアナウンサー。スタジオ収録ではなく電話出演。高齢者も多く1日のみとか電話でならということに配慮したのかも知れません。
以前1月の高橋美子アナウンサーの出演のとき、山田さんのお名前だけは、聞いたことがありました。この日の放送では、1958年の採用者は男5名、女5名の計10名ということ。そのうち男性のみ全員の紹介がありました。やはり地元関学大OBが多いという感じがします。10名の大量採用は関西テレビ開局によるものだと松島武雄さんの放送での証言が参考になります。
はじめて聞く名前に「村上とおるアナウンサー」(関学大OB)がありました。斉藤ヒデオさん、奥田博之さん、松島武雄さんが同期。斉藤ヒデオさんも関学大OB、奥田さんが同志社大の放送部OBですから、この時代は大学放送部出身者がかなり多いということに気づきます。
山田さん、村上さんの名前は1964年発行の社報JOCRのアナウンサー紹介には見当たりませんでしたので今後の調査課題にしたいと思います。

ラジオ関西アナウンサーリスト を改訂 追記しました

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-9f37.html

2012年3月12日 (月)

今週の出演は 予想外の曜日ごと日替わりの担当となり、今日は藤井万里子さん(ラジオ関西60年)

今週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年の出演者は予想外の曜日ごと日替わりの担当となり今日は第2期生の1953年(昭和28)年 入社の 藤井万里子 (ふじいまりこ)アナウンサー。これで2期アナウンサーはほとんどが出演となりました。今週は多くの方が出演となり、結果として出演アナウンサーは大幅に増えることになりました。

1日だけの出演となると少し忙しそうな番組内容です。

ラジオ関西アナウンサーリスト を改訂 追記しました

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-9f37.html

2012年3月 8日 (木)

ラジオ関西開局60周年記念アルバム「NOW & FOREVER」を早速購入・入手しました

ラジオ関西開局60周年記念アルバム「NOW & FOREVER」を発売日の3/7、元町の海文堂書店で購入しました

Dscf0595


これで第1弾から第3弾まで、すべて揃ったこととなります。j
今回のCD付属の小冊子には湯川れい子さんの寄稿文のほか、ラジオ関西三枝社長の挨拶も入っています。
開局60年の記念品としてありがたく購入させていただきました。
http://jocr.jp/event/cd100/cd3.html

2012年3月 5日 (月)

今週の出演は森重貴美子さんととみもとたかこ(いりえたかこ)さん(ラジオ関西60年)

今週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年の出演者は予想外ともいえる2人の女性アナウンサー
まず、森重貴美子さん。昭和42年入社、(3年程度の在職)ということ。 次に「とみもとたかこ」さん。昭和46年入社 退職後「いりえたかこ」という名前で10年ぐらい活躍されたという。
(ここで、「三上公也の朝は恋人」時代、「おはようコープです。」のレポータをされておられたことを思い出しました。声は当時と同じです。当時はとみもとたかこさんと同一人物とは思いませんでした)
森重さんが退職され、その後釜が偶然とみもとさんという関係になるのですが職場では接点はないということ。ところがこの2人は現在も仲良くつきあっておられるということ。大学の放送部が同じということ、予想通り関学大の放送部出身と放送で言われていました。

出会いは退職後の1983年大阪城博覧会で連日会場でステージがあり、ここで出会った。そのときのステージイベントのトップが田淵あきらさんだったという。
今回の放送で、2人の声の感じや、話し方にも良く似たところがあり、私は「入江孝子」さんの方は判別可能なはずですか、どちらが話されているか混同したこともあります。

森重貴美子さんは予想のリストの範囲内でしたが、退職後は番組を持たれていなかったので予想では上位ではありませんでした。
さらに、とみもとたかこさんに至っては、加藤逸子さんの放送で名前が出ましたのでアナウンサーリストに追加してはいましたが、社員であることは間違いないのですが
どのような番組を担当したかは掴めず、もしかすると総務部などの一般職員の疑いさえ持っておりました。
入江孝子さんは、十分に記憶があるのですが、当時は「奥様レポータ」のようなイメージで、まさか元局アナとは想像できませんでした。
当時は、結婚されても旧姓で通す人も多く その意味でも意外でした。
女性2人の登場というパターンは、「橋本幸子&池田幸子さん」以来ですが、こちらは同じ番組をされ、在職が相当重複しますので想定の範囲内でしたが今回のパターンは想定外でした。ラジオ関西の奥深さが改めて感じられました。今回の放送は今までのパターンとは少し違うので展開がどうなることか楽しみです。

ラジオ関西アナウンサーリスト を改訂 追記しました

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-9f37.html

ラジオ関西60年 今後の出演者予想

アナウンサーでつづるラジオ関西60年 

先週の矢野泰三さんが22週目の出演でした。
この番組は全部で26週のはずですから残りは4名の方が出演となります。
先日 予想依頼があり、一応矢野さんは当たったことになります。

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/60-1cf1.html
これを踏まえ、少し予想をしなおしました。

岩崎和夫 おそらく出演 出演確率95%

森山和美  出演確率60% 

河野春美  出演確率50% 

斉藤邦雄  出演確率2%

国広正夫  出演確率50% NEW

石井節子    出演確率5% NEW

池田奈月  測定不能 0% 又は 100% NEW

三上公也  測定不能 0% 又は 100% NEW

佐藤淳    測定不能 0% 又は 100% NEW

古田あきみつ 測定不能 0% 又は 100% NEW

以下はもしかすればという期待を込めて少し昔の方

森本喬樹   出演確率10%
下山英三      出演確率10% NEW
上田中子   出演確率5%
森重貴美子  出演確率5%
奥田博之   出演確率1%
小崎くに子    出演確率5% NEW(※局アナ未確認)

出演確率の%は、計算式があって求めたものではなく
あくまで第六感的予想 

岩崎さん 森山さん 河野さん 国広さんのポイントが高いのは 震災時在籍で退職した人は出演されている場合が多い

古い時代の方であれば、現役フリーアナやアナウンス教室講師の人、元役員の人を高い予想値としました。
ただし、小崎くに子さんは局アナとして未確認情報者です

池田奈月さんは 元アナなのですが現ラジオ関西事業部所属ですからフリーアナではなく現職アナというカテゴリにすべきと思います。同様に三上公也さんは 現職アナで専任局長ですから、この2名は、現職を含めるというのなら出演確実ですが元アナウンサーに限るということであれば出演することはないと考えられます

古田さん佐藤さんも同様でしょう

また、現職の人はまとめて出演という可能性もあります。
さてどうなることやら

2012年3月 2日 (金)

ばんばひろふみ!ラジオ・DE・しょー!で今林清志さんの声

さきほど(3/2 AM10:30頃)、ラジオ関西をかけると「ばんばひろふみ!ラジオ・DE・しょー!」の最中で、BGMになつかしい洋楽とともに、どこかで聞いた声。ラジオをつけたときには出演者紹介を終えていたのですが 内容を聞くと 今林さんじゃないかと気づき 今日の仕事準備を一休みしラジオの前に、やはり間違いない 声の主はラジオ関西で電話リクエストや真夜中ギンギラ大放送を担当された、今林清志さん。このブログでも昨年の芦屋市立美術館のレコードジャケット展の話題でも紹介したことがあります。

編成局長をされ現在はラジオ関西プラダクツ常務で開局60周年記念CDや、レコードコンサートに情熱を燃やしておられます。神戸新聞夕刊の連載でもおなじみの方。ラジオ関西ファンBBS時代には書き込みも何度かいただきました。私が尊敬するラジオ関西の方の一人です。
このブログでも、リスナーが選ぶCDの話題を何度かしました。
今回も私は発売日には購入するつもりでいるのですがちょっと予定が遅れていることは知っていました。
今回の今林さん自らの登場でCDをPR、実に熱がこもっています。
今回のライナーノーツ(というのでしょうか?)のトップを飾るのは湯川れい子さんということ。
お話によるとCDの選曲を見て驚かれたということ。発売が楽しみです

http://jocr.jp/event/cd100/cd3.html
ラジオ関西開局60周年記念アルバム「NOW & FOREVER」

ラジオ関西洋楽CD 第3弾

第1弾は完売で追加発売、第2弾も完売近くで追加発売も決定ということ よかったですね

 

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