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2012年2月28日 (火)

音楽評論家 広瀬勝さんは日刊スポーツの人だった

アナウンサーでつづるラジオ関西60年2/28の番組で、出演者の矢野泰三さんのお話から、思わぬ人物の名前が出ました。
「広瀬勝(漢字はあっているか不明なのですが、ひろせまさる)さん、私の記憶では、歌声は風にのってに週1回出演されておられた謎の音楽評論家。
私は、てっきりCR関係の人と思い込んでいたのですが、矢野泰三さんと「歌謡曲ハイライト」という番組もされていたそうで
日刊スポーツの方ということ。日刊スポーツというと朝日系列で、ラジオ関西の親会社神戸新聞系列のデイリースポーツと競合関係なので疑問に思われた方もあると思いますが
このあたりは、日刊スポーツの歴史と関係があるように思います
関西において、日刊スポーツの前身は、神戸市の神港新聞社により発行されていた「オール・スポーツ」があり、神港新聞社は、朝日と神戸が作った夕刊紙です。
さらに、神港新聞社の坪田氏(朝日新聞出身)が開局当時の神戸放送専務、神戸新聞の田中社長も朝日新聞出身ですから、その流れなのではと思います。
なお、オールスポーツは神港新聞から分社し朝日新聞の系列になっていたはずです。したがって、広瀬さんは、神港新聞系の人で歌謡曲など芸能関係の記者ではかかったかと想像できます。
ご存知の方おられましたらコメントをお願いします。

広瀬勝さんの記事 中村とうようや福田一郎などと音楽評論家として登場している
http://www.ne.jp/asahi/supernil/gyakusetu/urc/hirose.html

なお、2/28の矢野泰三さんのお話でも昨日に引き続き、仲の良かった先輩アナウンサーとして、よみうりテレビに移られた下山英三アナウンサーの話題が出ました。記録を参照しますと在籍重複期間は1年以下と思われますが矢野さんに影響を与えたアナウンサーだったようですね。

2012年2月27日 (月)

今週の出演は矢野泰三さん(ラジオ関西60年)

今週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年の出演者は1964年(昭和39)年4月入社の矢野泰三(やの たいぞう)アナウンサー。
私のもつ、矢野泰三アナウンサーのイメージは「演歌アナウンサー」。演歌・歌謡曲の状況模写が巧みで、船村徹一門とのつながりや、デイリースポーツでの演歌アナウンサーの連載など、ラジオ関西の有名アナウンサー。「神戸のター坊」という流し出身の歌手と一緒にされていた番組は酒場での収録のようなイメージがあった。
当然お酒がすきであったのかと思っていたのですが、実は当初は酒がだめだったという意外なお話からスタート。同期のアナウンサーとして斉藤邦雄さんの話題もありました。
さらに、ご本人はアナウンサー志向ではなく、デイレクター・プロデューサ志向であったり、声優志向であったという。
先日も、残りの出演者予想で一応可能性の高いアナウンサーとしてリストアップし、注目期待していた矢野さんの登場です。
今週の展開も楽しみです。

なお2/27放送で、当時のラジオ関西アナウンサーの記憶紹介で下山英三アナウンサーの名前があり「よみうりテレビに移られた」という証言がありました。

ラジオ関西アナウンサーリスト を改訂 追記しました

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-9f37.html

2012年2月23日 (木)

テンミュージックアベニューのテーマ曲

オールアローン アム アイ
パーシーフェース

テンミュージックアベニューのテーマ

http://www.youtube.com/watch?v=txc21aZ1vpk&feature=fvsr

2012年2月20日 (月)

今週の出演は大牧暁子さん(ラジオ関西60年)

今週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年の出演者は1958年(昭和33)年7月入社の大牧暁子(おおまきあきこ)アナウンサー。
大牧さんは、私が知るところでは、ラジオ関西のホットジャズラインなどを末広光夫さんと一緒にされておられたり、神戸ジャズストリートのステージ司会にも登場されるなど末広さんのとの関係を(何も知らない学生の頃は)不思議に思ったことがありました。
すでに、ラジオ関西60年の番組でも他の出演者が話題にされておられるように末広さんの奥さんが大牧さんなのですが、何せラジオ関西の女性アナは旧姓のまま通される方が多いのと、古いラジオ関西ファンの方々にお会いしたときよく話題になるネタ(嘘という意味ではない)なのだということがわかりました。
実は、この時代のラジオ関西のアナウンサー・プロデューサ等の社内結婚事情は相当の量になります。さらにフリーアナや番組関係者(電話リクエストの電話のお姉さんなど含め)まで話を広げるとさらに驚きますが、ある意味、それだけ仕事に情熱のある人たちばかりなので世界が限定されるというか、他の世界との接点もそれほどないのかもと思います。(余計な話になりました)
番組の話によりますと、NHKアナウンサー入社試験を最終面接まで進んだ大牧さん。請われて高校(大学付属の)の先生になるのですが、ラジオ神戸の役員の方から誘われ入社されることになったようです。
もっともその役員の方と繋がりがあった訳でもなく、NHK最終面接にまで残ったということでのお誘いだったと思われます。
その背景には、当時関西テレビの設立に神戸放送が大きく関与しており(当時の神戸放送・ラジオ関西は関西テレビの設立企業のひとつです)ラジオ神戸から10名の移籍者を出して、アナウンサー不足となった事情があります。
番組でも大牧さんが、当時の須磨の社屋では、関西テレビの新入社員研修がラジオ神戸で行われており、社屋には水着が干してあったという昭和33年7月の様子を証言されておられました。
関西テレビといえば、系列はラジオ大阪と今ではなっていますが、KTV設立時とほぼ同時期にラジオ大阪(大阪放送)が誕生しています。したがって先輩格のラジオ神戸で研修をするのも当然の流れでしょう。
当時の神戸放送の田中社長が関西テレビ副社長兼務の時代です。
ラジオ大阪とラジオ神戸は、関西テレビを縁に急接近し、テレビとAMラジオ2局を利用したAMステレオ+映像という実験番組も放送(コルトを持つ男)する時代で、ラジオ関西開局10周年の電話リクエスト公開番組も、大阪サンケイホールで行ったり、阪急西宮球場で「ナイターコンサート」も実施するなど、KTV、阪急・産経グループと親密な関係になる時代に入ります。
いずれにしても声が以前とかわらない大牧さん。林アナウンサーが22歳のときと変わらない声と表現しておられたことも、頷ける話です。今週の展開も楽しみです。

ラジオ関西アナウンサーリスト を改訂 追記しました

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-9f37.html

2012年2月19日 (日)

写真雑誌CAPA3月号に写真掲載(月例フォトコンテスト入選)

今月の写真雑誌の実質の発売日は不思議なことに各雑誌とも2月18日の土曜日でした。
昨年までは、日本カメラやアサヒカメラのビギナー部門・ファーストステップに応募していましたが今年度からは、ビギナー部門の応募をやめて,上位のカラープリント部門に応募しているのですが、予選通過にも至っていない、さんざんな状況です。
そのような中で、CAPAやカメラマンという雑誌は学生部門以外ジャンル別とか年齢別部門ですので今までと同感覚で応募しています。
今回、ひさびさに雑誌CAPAの月例「いきもの」部門に入選し、写真が掲載されました。

Dscf0578


CAPAは、1席入賞以外は事前通知はありませんから、写真雑誌発売日の楽しみは、紙面での入賞発表(=掲載)と、多くの雑誌での予選通過者の発表です。

なお、CAPAは雑誌発売後、賞状などが送られてくるのですが、
入選、3席、2席、1席により賞状の大きさが違うようです・(もちろん賞品も異なる)
私は、CAPAでは、3席以外には入賞していますので、3席の賞状はもっていないのであくまで想像なのですが1・2席でも賞状の大きさが違い、また2席と入選では相当の大きさの違いがありますのでそのように感じます。
なお、日本カメラでは入選通知の封筒に賞状が同封されますが、入選と特選も賞状は同じ大きさで文面のみが違います。
また、アサヒカメラでは往復はがきの通知、フォトコンでは封筒による通知文、カメラマンでは月例では賞品発送のみで年間分野別では3位以内のみ楯、10位までは写真掲載はされますが
賞品はないので紙面発表のみです。ちなみに、予選通過は各雑誌とも作品名と名前が紙面発表のみです。
したがって、私はこれらの掲載紙面を保存するとともに、作品名の管理をし、どれがどの程度評価されたかを知るため、題名の重複には工夫をしています。といいましても同じ頃の応募には避けるという感じでまったく同じ題名を使わないという意味ではありません。
予選通過があると、その選者の特性を感じることがあり、今までの経過から、動物写真や祭り・イベント写真に応募が偏ります。

作品名で、どの作品が予選通過になったかを分析しています。
しかし、予選通過がないと手がかりもつかめないという状況になっています。

なお、CAPAの生き物部門の選者は海野和男先生。過去には2席(蛙の写真)や、入選2回(猪、ヌートリアの写真)で、すべて動物園の飼育動物以外の写真です。
今回の作品「低空飛行」も、神戸港のゆりかもめの写真です。
しかし、最近は動物園の写真でも良い写真は入賞されているみたいなので(過去には動物園はあまり上位入賞されておらず、応募もあまりしなかった)少し応募も考えたいなと思います。

(入選)雑誌「CAPA」月例フォトコンテスト 2012年3月号 いきものの部入選「低空飛行」 写真・コメント掲載
平成24年2月18日発売(学研パブリッシング)195頁 選者:海野和男先生

雑誌「CAPA」月例フォトコンテスト 2012年3月号 スポーツの部 1次予選通過「美しき伴走」作品名・氏名のみ掲載
平成24年1月18日発売 3月号紙面 141ページ(学研パブリッシング 選者:水谷章人先生

2012年2月16日 (木)

平成24年明石市消防出初式写真コンテスト入選通知受領

この4年間連続し応募し、毎年賞をいただいている明石市の「出初めを写そう」写真コンテスト。ローカルコンテストながら、消防出初式の主催者側が実施する貴重な存在です。(過去には伊丹や芦屋・尼崎という都市でも実施されていたようですが、現在では行われていないようです。)消防出初式は同じ日に実施されるのが多いので、実は神戸市とも例年日程が重複します。明石市には知人も消防団に入っている人が多く写真撮影のことは話題にされることもあり毎年恒例となっています。
昨年度は、市長賞をいただきましたが、今年は入選でした。

今年はめずらしくスナップ写真での応募でした。
(平成21年:佳作 22年:防火協会長賞 23年:明石市長賞 24年:入選)

明石市は、写真雑誌にもよく入選されておられる有名な写真コンテスト愛好者も多いうえ、明石市以外でも、当日には各種写真コンテストの表彰式でお会いした方々とも顔をあわすことも多い出初式です。

(入選)明石市 第32回「出初めを写そう」写真コンテスト 入選「気分はレスキュー隊員」」
明石市消防局・明石防火協会 平成24年2月13日付文書連絡
入賞作品展示 平成24年2月17日(金)から2月24日(金)まで。
展示場所 明石市役所2階ロビー(明石市中崎1-5-1)応募数117点

2012年2月13日 (月)

今週の出演は三浦紘朗さん(ラジオ関西60年)

今週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年の出演者は昭和40年の入社という三浦紘朗(みうらひろあき)さん。
三浦さんは、定年退職後となった現在でもラジオ関西で複数のレギュラー番組をもち、県下のコミュニテイFMでも音楽番組をもっておられ、音楽評論家と呼ばれることがある。電話リクエストを担当したアナウンサーである。
昭和40年は、AMラジオが元気な時代。同期のアナウンサーだけでも5名。ラジオ関西の局アナは男性11名+女性10名の時代という。アナウンサーの野球チーム(てんこち)があったのも今では伝説という感がある。
前年の東京オリンピックでは東京支社にも制作編成部門を置いていたラジオ関西(オリンピック1964年当時はJRNもNRNも無い時代)
この時期、オリンピックに関連しラジオ関西のアナウンサーの退職が多く(実に興味深い話です)大量の採用時代であったという。この同期におられたのは小山乃里子、加藤えつこ?(加藤逸子(いつこ)さんは1972入社なので別人と思われる)、高田敏子、田口昭南(たぐちあきなみと発音されていた)であったと証言された
なお、高田敏子さんをフリーアナーと判断していたため、ラジオ関西アナウンサーリストに追加しました。お詫びして訂正します。
なお、登場したアナウンサーの名前で、「あえば さちこ」という名前がありましたが、高林幸子さんと同一か?少し疑問もありますが今後の課題としたいと思います。(当時の女性現役アナの筆頭格は、高橋美子さんのほかは高林幸子さんのようですから。それとS39の社報JOCRにも「あえば」さんの名前が見当たらないので・・同じ名前なので高林幸子さんど同一人物と思う理由です)

ラジオ関西アナウンサーリスト を改訂 追記しました

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2012年2月12日 (日)

ハーバーランドフォトコンテスト表彰式&イベント(2/11)

2月11日は、ハーバーランドフォトコンテストの表彰式。
今回は、バレンタインファッションショーというイベントの途中
(第一部と第二部の間)に入っていますので、会場となるスペースシアターにはそれなりの人が集まっています。
MCはどこかで聞いた声と思うとワタナベフラワーのクマガイタツロウさん。ラジオ関西でも番組をもっておられます。

Dsc_3739


もしやと思い会場の看板をいみると、後援がラジオ関西になっていました。
Dsc_3739s2

(写真はクリックしますと大きくなります)

なお、会場には前回と同様応募作品のすべてが公開・展示されていました。
会場では、このブログでも過去に書き込みをいただいた斉藤さん、そして、コンテストの常連の尼崎市の鳴瀬さんにも声をかけていただきました。(お二人は優秀賞の受賞でした。おめでとうございます)
前回は夜景で特賞と銅賞をいただきましたので、また夜景ではまずいかと思い昼間の晴天の青い空で撮影したものを応募した形となりました。(ハーバー賞の受賞ですから前回より下位です。ただし、入賞数は前回より減った規定みたいです)
もっとも、今回は私の勤務の関係もあり、夜に撮影がむずかしかったのですが。ほとんどの入賞作品は夜景で、応募も夜景が多かったように思います。
また、応募作品の全作品も掲示されているものを見ましたがやはり夜景が多く、めずらしいのは神戸マラソンなどのイベントが少し混じっていたのですが、
夜景では、撮影ポイント(の好み?)が限られている感じで同じものを狙ったものがいくつかあるように思いました。
今回の応募作品は121点だったようです。
ファッションショーの方は、アマチュアというか一般の人がモデルで、明治のチョコレートを大きくしたパネルをもって歩くという形式のもの。結構写真をとっている人が多かったですね。

Dsc_3733a
(イベントの様子 参考・・写真は加工しています)

このようなイベントでは、スポットライトの光の色が当たりますので、経験の少ない私には少し無理のある分野です。

2012年2月 6日 (月)

今週の出演は殿村收史さん(ラジオ関西60年)

今週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年(第19週)の出演者は開局時入社のアナウンサー1期生の殿村收史(とのむら なおちか)アナウンサー。
開局が昭和27年4月であるが、前年昭和26年9月15日に入社してラジオ東京(TBS)のアナウンサー研修を受講したという殿村さん。第1期生のアナウンサーは、開局第一声の皆川儀太郎アナウンサー以外は素人であったという。
皆川儀太郎アナウンサーは、当時あった「ニュース映画」のアナウンサーであったという。
開局予定日(昭和26年のクリスマスの日)を控えたTBSの1ヶ月半の研修は、TBSが全国の放送局に向けて参加を呼びかけたアナウンサー研修で、ラジオ神戸、ラジオ京都(KBS京都)、札幌(北海道放送)が参加したという。
そのTBSアナウンサー研修の講師には (NHKの)松内則三(まつうちのりぞう)、和田信賢(わだしんけん※NHK第1期アナ)という伝説のアナウンサーであったという。
(このNHKの伝説スポーツアナが講師ということに、林アナウンサーは非常に羨ましがる感じが聞き取れた)
ご自身も素人だったと振り返る殿村さん。こちらの調査では、ラジオ関西3周年記念誌(CR手帳特別号)では、薬剤師出身の異色アナと紹介されています。
その殿村さんも、ラジオ神戸が関西テレビを設立するとき10名の出向者を出すのですが、おそらくそのときにラジオからテレビに移られるということになります。殿村さんの名前(殿村收史/殿村収史 の2つの表記があります)で検索すると関西テレビ関係ということが辛うじて残っています。
さて、このラジオ関西60年の登場アナウンサーも、古い時代のOB・OGが目立ちます。
古い時代のアナウンサーは、ラジオ神戸に憧れ入社するのですが、テレビ開局により即戦力・経験者として、周囲の要請、本人の希望、あるいは社命という形でラジオ神戸を離れます。
しかし多くの方が、このような形で60年を迎えようとするラジオ関西に戻って声を出されています。
実は30年前の「ラジオ関西30年」の記念番組の時には、玉井孝さんが出演されておられる(30年前は朝日放送在職のはず?)のも今から考えると不思議なのですが、そこには良い意味での古い時代のアナウンサーの凄さを感じます。
なにか、ご自分の原点にラジオ神戸があるというように位置づけておられるように感じました。

なお、殿村さんは、この番組でラジオ神戸第1期アナウンサーは11名でなく9名という発言がありました。ラジオ関西社史(50年史)では10名。当時の新聞記事では11名だったようです。アナウンサー入社でない人がアナウンサー業務をされていた可能性はありますし、アナウンサー入社のはずがアナウンサー以外の業務を担当されていた可能性もあります。このあたりは今後の検討材料にできそうです。
今週の展開に期待しています。

ラジオ関西アナウンサーリスト を改訂 追記しました

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-9f37.html

ラジオ関西ファンWEBトップページ写真を改訂「マリアのファッションショー」(マリア・リグレステイさん 昭和49年)

ラジオ関西ファンWEBページのトップページ写真を改訂しました。

思い出のラジオ関西シリーズ 「マリアのファッションショー」

神戸市さんちか広場(現さんちかホール)で開催されたファッションショーで、当然ラジオ関西が関連したイベントです。 (昭和49年)

Maria


 

モデルはマリア・リグレスティさん(中央)。ナレーション白石公子アナ(左端)

奥にハモンドオルガン演奏の小田イタルさんとなっています。

マリア・リグレスティさんはラジオ関西の電話リクエストが生んだ人気DJで、過去にもこのブログでも何回も話題にしました。過去ログで検索してみてください。 

写真提供は 神戸在住の写真家 井川宏之 先生です。
 

ラジオ関西ファンWEB http://jf3mxu.g-7.ne.jp/jocr-fun/

なお、過去に採用した ラジオ関西ファントップページ写真は下記

http://jf3mxu.g-7.ne.jp/jocr-fun/index_old.html

2012年2月 4日 (土)

神戸ハーバーランド フォトコンテスト(秋冬編)ハーバー賞受賞連絡

昨日(2/3)電話にて、神戸ハーバーランド フォトコンテストの入賞連絡がありました。今回は「ハーバー賞」ということでした。
前回、昨年10月には特賞(最上位)と銅賞をいただいており、過去には「神戸ハーバーランドフォトグランプリ2007では第1期入選、第2期では、準グランプリをいただきました。

2012年2月 1日 (水)

ラジオ関西に存在したアナウンサーの野球チーム「てんこち」

今では少なくなったラジオ関西の局アナ.

1960年代では、男性アナウンサーだけでも野球チームができていたようです
その野球チームの名前とは「てんこち」
Photo

(写真 TENKOCHI野球チームのユニフォーム)

ちゃんとユニフォームまで作っていたとは驚きです。肩の部分や帽子にはCRと入っているみたいなので、これでやっとラジオ関西関係とわかる人にはわかります。

Photo_2
(野球帽にはCR 袖口にもCRと記載されている)

私もはじめて写真を見たとき「TENKOCHI」の意味がわからず
聞いてなるほどと思ったことがあります。
須磨・明石・淡路島あたりではテンコチと呼ばれる魚がいるのですが、この魚の名前(というより兵庫県の一部でしか通じない名前なのかもしれません)が由来なのでしょう。須磨海岸にあったラジオ局なのでなるほどと思います。そういえば奥田博之さんは釣りの趣味があるときいたことがあるのですが、当時の局アナにも釣りのファンがおられたのかもと想像が膨らみます。

しただいた写真を見ますと下山、奥田、森本、松島、斉藤(ヒデオ)
三浦、田口、矢野、南里アナという、当時の局アナウンサーと元アナウンサーでチームを組まれています。写真に写っていなくてもチームに入っていた人はいるはずです(複雑な勤務があるため全員参加というのは考えにくい。他局に行った元アナウンサーも活動に加わるのはラジオ関西の社風?)
もっとも、ラジオ関西にはこのてんこちチーム以外にも「KANSAI」チームなどが存在したようですが。

ラジオ関西60年でも、このアナウンサー野球チームの話題は出ていませんが、いつかは登場するかも知れません。

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