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2012年2月27日 (月)

今週の出演は矢野泰三さん(ラジオ関西60年)

今週のアナウンサーでつづるラジオ関西60年の出演者は1964年(昭和39)年4月入社の矢野泰三(やの たいぞう)アナウンサー。
私のもつ、矢野泰三アナウンサーのイメージは「演歌アナウンサー」。演歌・歌謡曲の状況模写が巧みで、船村徹一門とのつながりや、デイリースポーツでの演歌アナウンサーの連載など、ラジオ関西の有名アナウンサー。「神戸のター坊」という流し出身の歌手と一緒にされていた番組は酒場での収録のようなイメージがあった。
当然お酒がすきであったのかと思っていたのですが、実は当初は酒がだめだったという意外なお話からスタート。同期のアナウンサーとして斉藤邦雄さんの話題もありました。
さらに、ご本人はアナウンサー志向ではなく、デイレクター・プロデューサ志向であったり、声優志向であったという。
先日も、残りの出演者予想で一応可能性の高いアナウンサーとしてリストアップし、注目期待していた矢野さんの登場です。
今週の展開も楽しみです。

なお2/27放送で、当時のラジオ関西アナウンサーの記憶紹介で下山英三アナウンサーの名前があり「よみうりテレビに移られた」という証言がありました。

ラジオ関西アナウンサーリスト を改訂 追記しました

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-9f37.html

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コメント

 久々に矢野泰三アナウンサーの声をお聞きしました。斉藤邦雄さんと同期であることを初めて知りましたが、遠い日の青春の思い出(?)でもあります。声優指向であったとのことですが、その頃、ラジオ関西で数少ないラジオドラマを担当されていて、当時の私としては早熟な子供であったのかもしれませんが、矢野さんの語り口に心惹かれたことがありました。。

吉田さま コメントありがとうございます
矢野さんのラジオドラマもあったのですね
私の時代では、テレテレ三度笠という土曜日午後の
歌謡曲電話リクエストを小山乃里子さんとやっておられるなど歌謡曲路線でした。

 矢野さんが深夜に登場していたのが昭和43年頃ですから、これも大変古い話です。その頃木曜日に「歌謡ドラマ」というのが放送されていて小崎くに子さんという女性アナウンサー(局アナかフリーかはわかりません)の方とペアで出演されていた記憶があります。あの頃は小柳絹代さん、森重貴美子さん、河野春美さん、他、女性の局アナウンサーの方々が多数おられました。

吉田康夫さま
小崎くに子さんについては、たしかにラジオ関西でご活躍をされた方ですが、局アナかどうかは疑問なところがあります。私の知っている頃にはFM大阪や他のAM局にも出ておられたようです。ただし、小崎さんのことをラジオ関西元アナウンサーと表現したサイトもあります。
電リク時代には、藤田千代美さんとか小崎くに子さんという関西芸術座系の方が出ておられたということをきいたこともありますし、小崎くに子さんは映画評論家だとも聞いたことがありこのあたりは混乱しています。

「世の中は澄むと濁るじゃ大違い、ハケにケ有りハゲに毛が無し」こんばんは、斉藤邦雄です。という出だしで番組トークが始まった記憶が有ります。

一方、矢野泰造さんは「合って、別れて、別れて泣いて、…云々かんぬん…」とかけたレコードイントロ中に台詞を入れ、演歌が始まるという特徴的な語りかけで歌番組が始まりました。

1969年、半世紀も前のお話です。

当時のアナプールは確か、奥田博之さん森本さん山田健人さん田口さん矢野泰造さん斉藤邦雄さん三浦さん、女子アナでは小山乃里子さん以下森重さん谷口さん橋本さん吉田さん他で小崎邦子さんはフリーアナウンサーと記憶しています。

須磨若宮の国道9号線山側9階建てビルの2階がCRラジオ関西で9号線海側が須磨海水浴場でしたね。

玄関は国道に面し、1階ロビーから階段で2階社屋へと通じ直ぐ右側に受付窓口が有り、その奥隣りが番組ログ作製室に総務部で、確か廊下突き当たりを左折れの左手にトイレ、更に進んだ突き当たりが湯沸かし室で左隣が仮眠室にマスタールーム(主調整室)でこの向かい側に左から録音第2スタジオ、第1スタジオと更にオンエアスタジオがありました。
オンエアスタジオの向かいがレコード室で、ここには当時の地方局としては屈指のレコード数を誇っていて相場(アエバ)女史が管理をされていました。

さて、この奥には放送の現場を支える大部屋が有り、ドァを入った右西側から①報道部②制作部③技術部④アナプール⑤販売促進部があったと記憶しています。
(そして部屋の左手前の片隅に上島珈琲の自販機があり、UCC缶コーヒー、瓶コーラに、知ってますか?炭酸飲料7upが有ったことを)

CR社員や関係者は西側の社屋専用通用口左の用務員室のおじさんおばさんに挨拶して出入りしてました。

青春時代の多感な一時期2年程をこちらで過ごしたのち、ふるさとに帰り古希を迎えましたが、阪神大震災が余りにも衝撃的で今はない当時の旧社屋と人々を片時も忘れる事がありません。

とりとめも無い事を失礼しました。


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