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2011年12月19日 (月)

ラジオ関西の「全国こども電話相談室」は、当時本当にMBSと同時ネットだったのか?(WIKIの誤りと思われる。皆さんの見解をお伺いしたいと思います)#WIKIの記事が訂正されました(感謝!)#

先日、当ブログの常連である558さんから、次のような質問を受けました。
このことについては、新しく記事とした方がよいとも多くの方から申し入れがあり558さんのご了解のもと新記事として作成・公開します。(以下の青字の部分が質問です)

質問ですが、全国こども電話相談室という番組はMBS毎日放送とラジオ関西が同時ネットと書いてある記事がありましたが、そうするとラジオ関西制作のときはMBSがラジオ関西の製作番組をながされていたのでしょうか、それともMBSも自社製作なのでしょうか。WIKIの記事参照ください

元記事
http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-8d1a.html#comment-67780669

参考 Wikipediaの記事

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E5%9B%BD%E3%81%93%E3%81%A9%E3%82%82%E9%9B%BB%E8%A9%B1%E7%9B%B8%E8%AB%87%E5%AE%A4

(ベルト番組時代には毎日放送が、放送開始から1990年までネットしていた)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%82%AA%E9%96%A2%E8%A5%BF
(元々JRNに加盟していた実績はないが、1973 - 1978年頃の一時期、TBSラジオより「全国こども電話相談室」を同時ネットし(MBSと同時放送)、金曜日はラジオ関西から送り出していた(神戸市立王子動物園のスタッフが、動物に関する質問に答えていたらしい)ことがあった。)

558さん ご返事が送れ申し訳ありません。資料を探すのに時間がかかっておりました。
まず、WIKIの記事から、全国子供電話相談室がラジオ関西と毎日放送が同時ネットということが記載されていることについてですが、このようなことを私が述べるのは失礼とは思うのですが「完全な誤り」と思います。常識的にも、MBSとJOCRは大阪・神戸というほぼ同じ地域をターゲットに置いており、開局当初のような電力の時代ならともかく、50KW(MBS)やD20KW(CR)という、いわゆる大電力放送局ですから、そこにCR制作の放送をMBSで流すということは疑問があります。
この番組は、昭和48年から昭和52年のラジオ関西の番組表に登場し、月から木はTBSと同じ番組、金曜日のみラジオ関西制作(他のネット局はTBSがほとんど)で、私もきいていましたが、関西はラジオ関西のみの放送で、その後MBSにネットが移ったと思います。移行にあたり、ごく短期間両局でやっていた可能性は否定することはできませんが、流れとしては、関西地区で未のネットの番組(もしくはMBSでやっていたのかもしれませんが)をスポンサーの意向でラジオ関西が担当したというのが私の見方です。

Dscf0481


手元の資料「ランラジオ」NO.41(昭和49年8月発行)では、ラジオ関西では16時30分からの30分放送。TBSと同じ時間帯(担当 藤田恒美?さん、金曜はCRのみ加藤逸子さん)ネット局は少なく、名古屋地区でもネットがなく、独自番組。大阪局でもMBSは歌うハイウエイという春蝶や鶴光師匠が出演する1時間半のワイド番組を放送、ABCは「4時半でんな・お笑いでんな東芝アットホーム」、ラジオ大阪では「みんなでリクエストバンザイ歌謡曲」という、上岡龍太郎・浜村純などが出演する2時間半の大型ワイドというラインナップです。

Dscf0480

MBS 昭和49年

Dscf0486a

ラジオ関西 昭和49年

この時代はNRNの月ノ家円鏡師匠(先代)の「円鏡の歌謡一直線」という番組が多くネットされているのですが、ラジオ関西は当時NRNに属していたのにもかかわらず、JRN系のこの番組をネットしていました。ラジオ関西は、プロ野球の制作局だった時代からいろいろな局とネットしていたので独自の回線を所持していたのか(MBSとの競馬中継協定もしていない時代です)それとも、開局初期のテープネット時代からはTBSとはそれなりの関係がありましたから、この時期にMBSと何らかの協力関係ができ、MBSを経由してJRNを借用したのか?いずれもこのあたりは謎なのです。
なお、1980年のMBSの番組表では「全国こども電話相談室」が掲載されていますが、電話番号が大阪06-878-5171(当時) 受付時間16:00-1645 放送時間は東京と同じ16:30-17:00ですが、TBSの受付時間は放送時間と同じ、もちろん電話も東京となっています

Dscf0494_2

MBS 1980年(昭和55年)

このことから、大阪MBSでのネット時代は完全にMBS制作の独自放送になっていたと考えるのが普通でしょう。もしかすると、電話受付だけ大阪でも行い、東京で番組ということも考えられなくはないのですが、それは不自然のように思います。

したがってWIKIの記載では二重の意味で間違っているような気がします。ただし、私はこのMBSの番組は聴いたことがありませんからご存知の方はご教示ください。よろしくお願いします

2012/1/5追記

確認しますと、Wikipediaの記事は両方とも、このブログの議論に沿った形で改訂されております。JRNからのスポンサードネットであったのが、ラジオ日本ジャイアンツナイター(ラジオ関東)のネット問題に関連して、ラジオ関西がネットを外されたという印象が強くなりましたね。

いろいろな方が見ておられるのだなと、ありがたく思いました。今後ともよろしくお願いします

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コメント

お久しぶりです。
MBSネット時代の「全国こども電話相談室」を'83年くらいに聞いた事がありますが
番組内容はTBS制作の番組がそのまま流れ
ていたと記憶しています。
電話受付は、大阪にも受付番号を設置して、恐らく東京へ転送されていたのでは?
(こちらは推測ですが…)

NAMINEMさん
ごぶさたしております 貴重な情報ありがとうございました

弟が小学生のとき、
放送にこそ乗りませんでしたが、
答えてもらったことがあります。
(今から25年ほど前)

東京TBSのものが全国で流れていたものの、
受付電話は主要局それぞれに
存在していました。

当時購読していた毎日小学生新聞に
そのことが掲載されていた記憶があります。
(前週のハイライトが紙面で再現されていました)

じんかげ様
貴重な情報ありがとうございました
MBSのネット時代では各地の主要局に受付電話があるものの、放送としては東京のもので放送していたという感じが浮かび上がりました。
一時期的にせよ、神戸ラジオ関西で制作した曜日(金曜日)があったことは事実で、このスタイルがラジオ関西ではできて、MBSでは出来なかったというのは不思議な気もします。私は全曜日大阪の受付番号が書いていましたから、CRでは1日だったものがMBSでは5日間に拡大されたのだな「さすがラテ兼営局は違うなあ」と思っっていたので記事にしましたが、どうやら転送電話が簡単に実現できるようになったのだなと思いました。番組名が全国なのに、神戸制作の方がイレギュラーというか、実験的試行だったのかもしれませんね
どうもありがとうございました

記事にしていただき感謝です。
MBSと同時放送はやはり変ですよね

558さん いつもありがとうございます
こちらの参考資料を示した上で、疑問点をみなさんにお伺いすると、いろいろな情報をいただきましたので、本当に勉強になります。
WIKIはいまや掲載されてしまうと、それが真実のように語られてしまうという気がします。
私はWikipediaには執筆した経験もないのですが、初期の頃にはラジオ関西の頁には、ラジオ関西ファンのリンクがあり、喜んだことがありますが、いつの日かそのリンクは消されました。これは非常にいやな感じがしました。

そのようなこともありまして、ラジオ関西の旧社屋画像提出要求があっても私は一切参加しておりません。(いろいろな人がメールをいただいたりしますが、こちらのWEBやブログのものを掲載したいという人もおられましたが、このような理由を説明し、お断りしているのです。)
しかし、間違ったことは間違っているのではないかという声がなければ一切誤りの訂正や検討もおこなわれないでしょう。
ラジオ関西ファンのWEBやブログは、いくらリンクをはずしても検索すれば、ラジオ関西でも上位に来ますし、検索エンジンの登録ページになっていたり、それなりに説明も入っています。
今後しばらく、コメントもいただいきたく思いますのでどうぞよろしくお願いします。

ここまで証拠画像があるなら少なくても「MBSと同時放送していた」は検証・訂正(削除)されるべきでしょうね

驚きさん コメントありがとうございました。
どうぞこれからもよろしくお願いします。

私も知りませんでした。

確かに、ラジオ関西の公式HPの中にあったラジオ関西の過去の番組表の中に、全国こども電話相談室、の名前がり、正直驚いておりました。

私は子供のころは、朝日しか聞いておりませんでしたので、その頃の毎日も、ラジオ関西も、あまり知りません。

それだけに驚いたのですが、すごい資料をお持ちでしたね、これは何よりの証拠といえるのではないでしょうか。

私もかつて、古いラジオ番組表等を持っておりましたが、捨ててしまっておりました。

ここのところ、毎年、同じ三才ブックスが、ラジオマニア2011(各年度)という雑誌を発売しておりますが、その中に、過去の主要局の番組表が掲載されていますので、暇をみて、それらを調べてみようと思います。

とくながさん コメントありがとうございました。
三才ブックスの、「ラジオマニア2011」もう出ているのですね。そういえば11月頃でしたね昨年は。
2010年版は20年前の番組表がアーカイブで入っていましたね。ラジオ番組表は「深夜放送ファン」(ただし夜間の番組のみ)「ランラジオ」「ラジオパラダイス」「ラジオ番組表」と時代によりいろいろな雑誌が各出版社から出されていました。
自由国民社発行のものは、各放送局の番組表を、わざわざ活字の版を作っていた為か、誤植と思われるものが多く存在します。三才ブックスのものは伝統的に局の番組表を縮小印刷したものですから、はじめ見た時は何だこれはコピーと変わらないではないかと思ったことがあるのですが、今となればそちらの方が誤りはなく(もちろん放送局側で誤っておれば話は別)資料的にはこちらのほうがいいかなあとも思います。
ただし、いくら出版社で印刷の版下を作っていたといえども存在しないような番組を載せるというミスはないはずで、あるとすれば漢字のミス。それから番組のコーナーの省略・出演者・スポンサー名などの情報の削除・不記載ぐらいと思います。「ランラジオ」(自由国民社)は、手間のかかる紙面づくりで、番組表以外にもDJ名鑑、当時流行していた音楽の情報、放送局の局舎の写真、ベリーカードなど情報が豊富でした。
残念ながら、私もすべてを保存しているわけでもなく、その時期の新番組の動向を見ていたため、多くは処分してしまいました。おかげで、現在では情報不足の年代が存在し、古本屋やネットオークションのお世話になっています。

西川さん、TBSラジオの「ラジオ東京スピリッツ」で、
開局から今日までの番組表がPDFで公開されているので、
それを見たところでは、
昭和47年ごろから、スポンサーに、
出版社の「集英社」が付いていました。
PDFで番組表を見たところでは、
スポンサー名の横に、地方への営業スポンサードを示す★印が付いていたのがわかります。
ラジオ関西の「番組表でみる50年」のサイトで見たところでは、
この番組は、ラジオ関西でも、「集英社」のスポンサーが付いていているのが確認できます。
この「こども電話相談室」が毎日放送に移行したのは、昭和51年10月で、この時に、スポンサーが同じ出版社の「小学館」に代わりました。
「小学館」は、この頃から平成初頭まで、TBSとMBSにこの「こども電話相談室」をスポンサードしていました。

TBSのラジオ東京スピリッツのHPに
当時の番組表が掲載されていたことは、
知っておりまして、以前すべてをDLしておりましたが、
正直その一つ一つの中身までは、
きっちりとは確認はしておりませんでした。

ラジオ関西もしかりでして、
個人的には、ラジオ関西の場合、
こども電話相談室に関しては、
先日の「アナウンサーで綴る・・・」の
中でも、ある元女性アナの方が、
金曜日のオリジナル版について
お話されていたような記憶があります。

むしろ私はラジオ関西のタイムテーブルで
気になっていたのは、それ以外の
当時のネット番組でした。

ニュースパレードや、日立ミュージック・イン・ハイフォニック、等数えればきりがないのですが。

また改めて研究してみる必要があるようです。

らぶSun さん コメントありがとうございました
TBSラジオの番組表の★印は地方への営業スポンサードを示すことだったのですね。
集英社から小学館にスポンサーが変更になったのも、ラジオ関西からMBSに全国子供電話相談室のネット局変更となったことと大きな関係があるように思えますね。集英社と小学館はたしかオーナーが同じ(一ツ橋グループ)だったと思うのですが漫画や娯楽の集英社ではOKで、教育系の小学館がNGとなるのは、当時ラジオ関西が文化放送の百万人の英語とか大学受験ラジオ講座という旺文社色が強かったということもかんがえられるかなあと思うのですが、よく考えると、小学館は文化放送の大株主でしたが、昔はあまり文化放送で番組のスポンサーにはなっていなかったような気がします。

とくながさん
全国子供電話相談室の話題をしていたのは加藤逸子さんだったと思います。
日立ミュージックインハイフォニックは、聞いておりましたが、これと夕方のニュースパレードがNRN脱退でラジオ関西が失った番組ではないでしょうか。小さい番組では「ロイジェームスのミスタースポーツ」(日産提供)などがありましたけど。NRNの野球中継は除名前ではネットしていなかったのは、電話リクエストや自社制作のワイド番組(ナマナマ大放送・若い大人エンジョイヤング)を放送していたからだと思います。

昭和39年7月にスタートしたTBSラジオの「全国こども電話相談室」は、長年にわたり、ウィークデー夕方の名物番組であり続け、小学生からのさまざまな疑問や質問に専門家などが回答する番組として親しまれましたが、
平成9年10月、ウィークデー夕方から、日曜朝9時からの55分枠の週1回番組に移行しました。
そして平成20年10月、「全国こども電話相談室・リアル」にタイトルを改め、
従来の「子供よろず相談」番組から、小学生や中学生といった、広い意味での子供たちの「人生の悩み」に、
ディスカッションを交えながら応えるという、いわば「こども人生相談番組」に衣替えしました。
現在、「こども電話相談室・リアル」をTBSラジオからネットしている地方ラジオ局は11社ありますが、大阪、名古屋や福岡などの基幹、準基幹局ではほとんどネットされていません。
西川さんがお住まいの兵庫県から近いところでは、岡山の山陽放送で聴く事ができるので、チャンスがあれば、聴いてみてください。

らぶSUNさん、前回の私の発言で、集英社・小学館のスポンサー変更での件ですが、一部私のほうに事実誤認のおようなところがありましたので改めて述べさせていただきます。というのは、小学館時代の当初はラジオ関西でもネットされていたからで、そうなると別の問題と考えるからです。

昭和52年(1977年)4月の番組表
http://jocr.jp/timetable_50th/main_77.html
全国こども電話相談室のスポンサーは「小学館」

一方ラジオ関東が読売ジャイアンツ主催ゲームを独占中継する事となったのが1977年10月、これにラジオ関西が追従し、NRNを除名されることに
つながったのですが、東京キー局側から見ると巨人主催試合の中継がJRN、NRN各ネットワークで行えなくなり、ラジオ関西へのJRNネット番組供給も中止されたと見るのが正しいのではとおもうようになりました。
というのはラジオ関西はJRNには加入していないのに、全国子供電話相談室をスポンサー付きでネットしていたから、これをJRN側からのジャイアンツ問中継題の制裁としてネット変更(正常化の名目で)行われたという見方ができます。
なお、他にご教示いただいたことについてはありがたく参考にさせていただきます。早速山陽放送でもチェックします。
遅れましたが新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

いつの間にかWIKIの記事が改訂されましたね。おめでとうございます。ことしもよろしく

558さん 今年もよろしくお願いします
確認しますと確かに、ここの議論に沿った形で改訂されていると思いました。
それに伴い、本文に一部追記を行いました。
ありがとうございました。

 金曜日の子ども電話相談室の回答者は、竹博士の室井先生、王子動物園の亀井一成さん、あと記憶が正しければ須磨水族園の園長さんなど、兵庫県ゆかりの人が回答者で、楽しみでした。

もりわきさま はじめまして
コメントをいただきありがとうございます
本当に、当時のラジオ関西がこの番組に力をいれていた感がありますね
兵庫県ゆかりの人として、小説家の灰谷健次郎さんも一時期回答者をされていたのではと思います。室井先生は高校の先生から大学の先生になられた方でしたよね。亀井一成さんが亡くなられたときにも、このブログでこの番組のことを紹介した記憶があります。他にどのような方が出演されていたのか思い出していrところですが、須磨水族園なら、以前は隣みたいな場所でしたから、何人かの学芸員の方がお見えになっていても違和感はありませんね。神戸でこれだけのメンバーがそろえられたのもラジオ関西の番組製作能力が当時はマンパワー的にも相当あったと思います。

ご無沙汰しております。レーダイでございます。
早速ですが、覚えている事を書き連ねます。
①MBSの『全国こども電話相談室』では、阪本時彦アナ(当時)が「MBSラジオをお聞きの皆さんは、大阪06-878の・・・・に電話して下さい」と、番組内でコメントされていました(昭和54年頃)。
②大阪(MBS)で受けた質問は、マイクロ回線でTBSに転送されていたはずです。当時、大阪→東京の通話料は、昼間4秒で10円だったと思います。そのため、質問者の負担を出来るだけ軽くするために、MBSに電話してもらう方法をとったと思われます。
③これは余談ですが、女の子が関西弁で「テレビの『素人名人会』に出たいのですが、どうすれば出られるのでしょうか?」と質問しました。すかさず回答者(無着成恭先生?または荻昌弘さん?)が、「その『素人名人会』とは、どんな番組ですか?」と聞き返されましたが、このことが今でも思い出されます。『素人名人会』は関東では放映されていなかったため、この聞き返しは致し方ないですね。
以上、ラジオ関西とはあまり関係ない話かも知れませんが、書き連ねてみました。
これからも何卒宜しくお願い致します。

貴重な情報ありがとうございました
大変参考になりありがたく思います。
これからもよろしくお願いいたします

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