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2011年2月 9日 (水)

神戸の地車研究家・太鼓奏者 清水均氏のご逝去を悼む

すでに、このブログでもコメント・トラックバックをいただいているのですが
http://cameraboy.at.webry.info/201102/article_2.html
神戸のだんじり研究家 清水均氏のご逝去を悼む cameraboyのブログ(Biglobe版)

兵庫地車研究会会員で岡本地車仲での太鼓奏者であった清水均氏が1月末におなくなりになられました。
私の家に清水さんの奥様から電話が入ったのは1月31日(月)ですが、すでに葬儀は終えたという内容の伝言でした。
しかし私は、その少し前(記憶では1月21日か28日?の金曜日の早朝)にご本人から電話をいただいたところでしたので信じられないという気持ちでした。
このときは、夜間定時制高校勤務の私に対して早朝の電話でしたから、よっぽど急用があるのかと思いましたが内容は世間話程度で、「暖かくなったら又遊びにおいで」と
いった内容。インターネットでこのブログに自分の記事を見つけられて喜んでおられ、次回は以前撮影させていただいた写真を公開させていただくことをお約束し、ゆくゆくは清水さんのWEBサイトをといったことや、今年は、夏の湊川神社の奉納太鼓演奏を再開するのだと意欲的に述べられておられました。
一報を聴いたとき、あのときの電話は入院先の病院だったのか?それにしては朝から一杯やっていそうな雰囲気。私に何かを伝えたかったのではと、早々に電話を切って(といっても30分は話していたのですが)しまったことを後悔していました。
その日の夜、勤務中の私の学校に清水さんの息子さんから電話をいただき事情がわかりました。土曜日に旅行中、バスの中で倒れられ、救急車で運ばれたということをお聞きしました。
そして、先日2/5ご自宅にお伺いし、お参りをさせていただきました。
清水さんとは、私が小学生のとき 当時地元のだんじりが出されなかった事情から私の祖母の実家である北畑地区のだんじりで、やはり岡本のだんじりが出せなくなったときで北畑地区のだんじりの鳴り物をやっておられた清水さんと知り合い、それ以来頻繁にご自宅にお邪魔し地車のことをいろいろと教えていただきました。
地車のお囃子は地区ごとに微妙に違うのですが多くの地区の地車囃子を叩けるようになったのは清水さんの影響が大きいところでした。
ご自宅には大太鼓、二丁鐘、半鐘という神戸の地車囃子に必用な楽器は揃えられておられました。
地車囃子を演奏して欲しいという高等学校等の話は私に結構ありましたが、私がするわけにはいきませんので清水さ んにお願いすることが多くありました。
私にとって兄のような存在であり、地車の道での師匠でした。
このブログでどうしようかとも悩みましたが、キーワード検索の分析をすると清水均氏での検索も増え、今回コメントいただいたこともあり、以前清水さんと約束しました撮影した写真をブログに掲載することにより、心よりご冥福をお祈りします。

なお、清水さんはご自宅のかかしが有名で神戸新聞でも取り上げられたたことがあります。
いずれも、ご本人の撮影・掲載許可をいただいているうのですがこのような形で公開することが残念でもあります。

Dsc_3034

Dsc_1393

ご自宅で 手作りだんじり模型を手に

Dsc_1423
清水さんは 美術の才能がありこのような作品も新聞で紹介されました

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コメント

西川さんは相当なだんじりマニアだったのですね。知りませんでした。
なんとなく状況がわかりました。

558さん
コメントありがとうございました。
私の趣味は地車、録音、ラジオ電子工作、アマチュア無線、資格取得、コンピュータそして写真と趣味が広がり、いつの間にか好きなことを仕事にするようになりました。しかしこれらの趣味はどこかで繋がっておりまして、私を古くから知る方は「地車マニア」は当然視すると思います。
私は、神戸の東灘・本山という街は都会地でありながら古くからの住民では先祖の名前が屋号のように生きている村落社会の要素をもっていると思っています。地車は伝統文化であり、だんじりのお囃子を覚えたのも強制でなく自然に当然のようにです。

また、地車関係の方の中にはアマチュア無線の趣味の方も多くおられます。他の楽器を演奏することはありませんが、モールス符号は音感法で英文・和文とも楽に使えたのはこの地車囃子のおかげと思っています(私の時代では1級アマチュア無線技士の試験に和文・英文の送受信の実技がありました)

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