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2010年3月31日 (水)

大石吾郎のコッキーポップのテーマソング

大学受験ラジオ講座の後で流れていた「大石吾郎のコッキーポップ」
ラジオ関西もネットしていたが、NRN脱退により消えた番組である
1978年のテーマソングの曲名は「白いページの中に」・・これを歌っていたのは「しばたまゆみ」さん。
http://www.youtube.com/watch?v=y-ZkE0Ue5VE
しばたはつみさんが死去されて、追悼されるブログも多いのだが、しばたはつみさんが、この「白いページの中に」を歌っていたと思い込んだ書き込みが非常に多く、「白いページの中に」が好きでしたとかいう書き込みも多い
勝手に死んだとされるのも困ったものだが、確かに良く似た名前である。

一度 「しばたはつみ 白いページの中で」とわざと誤って検索してみると良くわかるものである。

ラジオ関西と関西テレビも同じ放送局と思う人もいるが、全く無縁と思う人もいる。
しかし、関西テレビは、もともとラジオ関西の前身の神戸放送が設立母体のひとつなので、古くは関西テレビと設立母体であるラジオ関西、近畿放送、その後開局したラジオ大阪が組み、AM数波のステレオ放送+テレビ画像の立体放送実験をやったようだ。
これは東京では、フジテレビの設立母体が、文化放送、ニッポン放送のラジオ2局だったこととも偶然ではない。
当時のラジオ局はこぞってテレビ進出を考え、一本化のなかでこのようにテレビ局の大株主がラジオ局という構造が生まれた。
関東でのAMラジオのステレオ放送実験も文化放送、ニッポン放送だったというものも興味深いところである。
文化放送、ニッポン放送というとNRNのキー局であるが、本来は商売敵のはずがテレビ局開局で手を結んだという見方もできる。
ラジオ関西はもともと、TBSや文化放送の番組を導入していたこともあるが
「百万人の英語」や「大学受験ラジオ講座」という2つの旺文社系の高度成長期のラジオ教育番組を関西地区でネットしていた。これは旺文社が文化放送の株主であったという関係もあるが、関西地区ではラジオ関西がNRN除名後も続けている
しかも後継番組「アルシェくらぶITEMAERADIO」はラジオ関西が制作(しましまんず等が出演)し、文化放送に逆ネットした。
大学受験講座が終わった年は、阪神淡路大震災の年であり、ラジオ関西と文化放送で「アルシェくらぶITEMAERADIO」を行ったのも震災復興支援か、それともそれまでの功労賞的な意味合いかもしれない。
なお、ラジオ関西がNRNからネットしていた番組は、このほかでは「ニュースパレード」ぐらいで、これも文化放送の制作であった。
ニッポン放送の制作では「円鏡のモシモシ歌謡曲」「コッキーポップ」ぐらいだろう。
このように、文化放送とラジオ関西のつながりは非常に深く、NRN脱退後も、「百万人の英語」や「大学受験ラジオ講座」は続いていた。
さらに、両局は「アニメラジオ」分野の東西の雄といわれているが、過去においても「百万人の英語」や「大学受験ラジオ講座」を深夜にするという編成方針は似通っていたといえる。

追記

下記の画像もご覧ください

http://www.youtube.com/watch?v=w4wUSGykAOQ&feature=fvw

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コメント

「旺文社・大学受験ラジオ講座」は、中波ラジオでは、文化放送やラジオ関西、中部日本放送などで流されていましたが、
昭和57年ごろから、地方エリアでのFM開局が相次ぎ、これまで中波民放局で「大学受験講座」が放送されていなかった地域でも、一部の県のFM局でこれが放送されるようになりました。
この「大学受験講座」終了の要因のひとつは、
平成7年4月から、エフエム東京をキー局戸するJFN加盟のすべての民放FM局で「FM文字多重放送」が実施されることになり、「大学受験講座」が、「FM文字多重放送」への対応が困難になったためではないかと思います。

らぶSUNさん書き込みありがとうございます
「FM文字多重放送」に大学受験ラジオ講座は確かにむずかしいでしょうね。
FMラジオはそれで説明がつくと思うのですが
なぜ「大学受験ラジオ講座」がAMラジオから消えたのか、短波ラジオから消えたのかということについては、まだ疑問が残ります。FMができないのならAMや短波だけでも行えばよいのではという疑問です。ラジオ講座のテキストが売れる時代ではなくなったのではという感じがしていたのです。
学校やラジオ講座で勉強するというスタイルから、予備校などの教育産業に行く時代となったのではと思っていました。バブル景気も終わり、現在のような世の中では、あらためて「大学受験ラジオ講座」のようなものが要求されるのではと思うのですが、もう無理なのかなあとも思います

「コッキーポップ」というラジオ番組は、「ヤマハ音楽振興会」が主催した「ポピュラーソング・コンテスト」という、文字通りポップス音楽の、アマチュアを対象にしたオリジナルソングのコンテストと連動した番組で、
このコンテスト、略して「ポプコン」そのものから、ポップス系のアーティスト歌手が多くデビューし、ヒット曲やミリオンセラーが次々と誕生し、歌謡曲の世界の活性化という培養効果まで生んだ事は論を待ちません。
その「ポプコン」は、昭和61年度をもって終了し、
ヤマハ音楽振興会は、これに代わり、バンド系グループ向けと、中学・高校生を中心とした10歳代向けの2つのアマチュア・ポピュラー音楽のコンテストを立ち上げましたが、「ポプコン」ほどのムーブメントをもたらす事ができず、そればかりか、ロックバンド系に偏り、ソロのアーティストを実質的にコンテストから締め出す事になるなど、弊害も指摘されました。
そればかりか、平成元年2月に東京のTBSテレビが立ち上げた深夜の大型バラエティワイド番組「平成名物TV」の一コーナー「いかすバンド天国」が、番組関係者の予想を越える人気を集め、出場希望のセミプロやアマチュアのロックバンドが殺到した事で、
ヤマハ音楽振興会主催のロックバンドのコンテストは、そのあおりを食い、出場希望バンドが減ったのではないかと思われます。
(この「いかすバンド天国」という番組は、個人的には、関西地区では、サンテレビ、KBS京都といった独立U局にネットしてもよかった番組だと、今でも思うのですが・・・・)

詳細な解説ありがとうございました

大石吾朗の コッキーポップ
ですよね?

ご指摘ありがとうございました
(先ほど修正いたしました)

文化放送、ニッポン放送は、確かにフジテレビに出資をしていた(当時)わけで、現在も文化放送は、フジの3%程度の株式を持っていたと思いますが、
玉置宏さんが、生前、「当時の文化放送はテレビはやらない」と言っておられて、それで玉置さんはフリーになり、TBSテレビの「ロッテ歌のアルバム」の司会をされたと、なぜかNHKのスタジオパークで話されておられたのを、思い出しました。

その他にも「大学受験ラジオ講座」が終了した理由には諸説さまざまな理由がありました。
・その1聴取率の調査集計で受験生リスナーしか聞いてなかった。
→1994年4月9日~1995年4月2日の土日に集中して放送していた頃の関東地区聴取率調査の集計結果、文化放送では当時土曜夜11時~深夜2時は高校3年生の受験生リスナーしか聞いてなかった。
当時は4・6・8月が2週間にわたり調査をしていましたが、高校2年生以下の受験生予備軍や大学生以上のリスナーがまったく聞かなかったため(いわゆる0.1以下)QR的に編成で失敗した。このためにさだまさしを土曜午後3時へ移動させたり、それまで日曜夜を中心に編成していたアニラジ枠を金曜深夜へ移動させたりと関係各方面を説得させて「Jランド」をスタートさせる下準備をしたのにたった1年で番組を終了させざるを得なくなってしまった。同様にラジオ関西も「林原のハートフル」「青春ラジメニア」といった現在も続くアニラジ番組を一旦金曜日の同時刻へ移動させたり(その後「ハートフル」については1年後の1995年4月に土曜夜11時へ戻るそれ以来18年間不動で人気のある番組へ成長している。一方のラジメニアも遅れること数年後に土曜深夜0時へ戻るも右揚曲折で現在は土曜夜7時~10時に移動して続いている。)、当時アイドルタレントを呼んだり曲を掛けたりしていた「ジャンプリクエストピーターパンクラブ」が時間変更されたりした。
・その2真裏の番組が突然人気番組になってしまった。
→放送当時TBSラジオで真裏にやっていた「コサキン怪傑アナドレリン」やニッポン放送でやっていた浅草キッドのローカル生ワイド→ユーミンのオールナイトが高聴取率を連発してしまった。
関西でも似たようなことが起きていた。
・その3通信添削や個別指導方式による勉強の仕方が変化していった。
→それまでのテキストを見て勉強する方式は放送大学だけになり、教育出版業界や塾・予備校といった進学専門学校の受験対策に変化が生じてきた。
といった主に3つの理由を始めとする諸説理由が原因という節があったそうです。
そして、2001年文化放送は旺文社株を売却して売却した金額を含めて老朽化した当時の局舎から今の浜松町の社屋の建設費用や放送設備機材の一新に廻したそうです。
ってこの夏で文化放送も浜松町移転から7年経つのです・・・・・。
お分かり戴けましたか?

その他にも「大学受験ラジオ講座」が終了した理由には諸説さまざまbな理由が・・・・様
興味深いコメントありがとうございました
これからもよろしくお願いします

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