2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

« 同僚南悟先生のWEBができました | トップページ | マトリックス昭夫さんからサンテレビの画像を提供いただきました »

2009年10月 5日 (月)

1970年代のサンテレビに関する画像資料

Sanrogo

上記は、写真家の井川宏之先生からメールで送っていただいた1970年代のサンテレビのロゴと当時のキャラクタです

ご存知の方もおられると思いますが井川先生は、長年神戸市の「市民のグラフこうべ」をはじめとする広報物の写真を担当され、当然ラジオ関西・サンテレビの神戸市関係の提供番組の撮影もあるようで、以前サンテレビの神戸市番組の田中さなえさんのかなり若い時代?の写真も見せていただいたこともありました。

その井川先生も、今回の私の質問に対しサンテレビの社名の由来は「太陽と思います。」と「瀬戸内のsと日本海のnは、おかしい」といわれています

それ以外にも、いろいろな方からメールもいただくのですが

いくつか共通する指摘があります。

(1)「山陽」のイメージからくる 山=サン=SUN=陽

もちろん、ここでいう山陽は 岡山の山陽放送ではなく、神戸と姫路をつなぐ「山陽電車」のイメージです。

山陽電鉄の本社も長田、姫路は開局当時からの受信エリアです。

さらに深読みすると 神戸と姫路は、師範学校、工業学校等の県立施設などで競合をくりかえした歴史もあり、ラジオ放送も神戸放送(JOCR)に対し姫路市営放送(JODR・・予備免許のみで開局せず)と競争意識もあり、神戸と姫路を結ぶ太陽?

山陽電鉄は神戸放送設立時にも参画しており当時の山陽電鉄社長が神戸放送取締役になっているぐらいですから、サンテレビ設立時にも関係があったことは十分考えられますね。山陽放送は先に岡山にとられ、兵庫県は山陰側=但馬地方もあることから山陽は無理 したがって共通する概念で 太陽というのだという説も伺いました

ようするに「太陽」は、その通りなのだが「なんで太陽やねん」という論議の範疇ですね

(2)政令指定都市化で、兵庫県と神戸市の関係が悪くなっていった時代なので兵庫県と神戸市をつなぐ太陽?

まあ、上記2つは、的を得たものかもしれませんね。

ただし、仮にそうだったとしても説明できませんよね。

ただ、少しおかしいなと思う「太陽」説も寄せられています

太陽神戸銀行・・・・・たしか開局当時は神戸銀行は地元で関係あっても、太陽銀行は関係なかったのですが、後で合併したのではと思います。 結構このような俗説があったので、「太陽」説そのものを俗説と決め付けられたのではないでしょうか

また、最近の「おっサンテレビ」のおっさん太陽は最近のマークであるとの指摘があり、それはその通りなのですが、過去・開局当時にも太陽をイメージしたキャラクタデザインがあり、最近むりやり太陽を関係づけたものではありません

この記事は、WIKIのサンテレビの社名の由来の記述に不信感があり、他の説は誤りだとするのですが、親会社の神戸新聞の社史にもそのような記載はなく、またいろいろなルートを使って調査し、サンテレビにも聞きましたが、現在のところ「太陽」ということ(このあたりはあたりまえすぎて逆にWIKIのSが南、瀬戸内海、Nか北の日本海をUNITするという説で他は俗説で誤りということが広がっているため、調査しているものです。WIKIについてはラジオ関西についても問題がありますが、この執筆者には、当初「ラジオ関西ファン」が参考リンクされていたものの、なぜか途中で削除されるという気分の悪い思いをしました。ラジオ関西ファン年表からの参考を疑われるためかもしれませんが、私は過去に一切WIKIのラジオ関西の記事を作成したことはありません。また、ラジオ関西ファンサイトは、本家ラジオ関西の公式サイト開始以前から出していたものです.。WIKIのラジオ関西より古いことは当然です。

さらに、インターネット以前のパソコン通信のNIFTYのラジオフォーラムでラジオ関西系情報の発信をしていましたことで、結構その時代の人は私のことを覚えていただいているものです。

WIKI以前には、ラジオ関西が関西テレビやサンテレビの設立に寄与した話題は真実で、社史などの参考文献を調べると明らかなのですが当時はそれが信用されなかったこともありました。ネット人口も増え便利になったのですがWIKIに書かれると逆に真実のように伝わったり、これがすべてと思われることが問題です。

なお、WIKIにラジオ関西ファンがファンサイトとしてリンクされたことに私は一切クレームを申し上げたことは無く、逆にリンクをはずされたことはさびしく思いました。WIKIでは奥田博之アナの項目が過去に存在しましたがここの常連であった迷馬さんのWEBの盗作?として項目自体が削除になりました。このことも真相はよく知らないので一度尋ねようとおもっていたところですが、おそらく私のときと同様本人の知らないところで話が進んでいた可能性もあると思います。

.

« 同僚南悟先生のWEBができました | トップページ | マトリックス昭夫さんからサンテレビの画像を提供いただきました »

コメント

 ご無沙汰しております。
 サンテレビのロゴと言えば、今回のブログの画像とは別に、開局当時のものと思われるロゴも見たことがあります。
 今のものとは違い、手書きっぽい筆記体風のものでしたが、「サン」の文字が大きく「テレビジョン」が小さいところは、今と似たような感じです。
 開局間もない71年頃の日本民間放送年鑑から取り込んだものが手元にありますが(「ラジオ関西ファン」のメールアドレスに送らせていただきましたが、上手く届いたでしょうか・・・)、75年頃の年鑑には既に今と同じロゴが登場しているので、結局数年間しか使われなかったのでしょうか。
 ちなみに、私が以前住んでいた岡山市のサンテレビ岡山支局には、旧ロゴの書かれた看板が取り付けてあり、旧ロゴの存在を知ったのも実はココだったのですが、支局の建物はその後取り壊されてしまい、岡山支局自体も倉敷市に移転してしまったようで、今もその看板が残っているのかどうか、ちょっと分かりません・・・。

コメントおよび画像ありがとうございました
早速10月6日付記事で画像を紹介いたします

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-d7a2.html

こちらのマークを見させていただいた限りでは、
やはり太陽のイメージが強いですね・・・。

瀬戸内のsと日本海のnというものは、私も全く知りませんでした。

最近強く感じるようになったのは、やはり放送局に限らず今はHPやブログがあるわけですから、例えば今回の場合なら、サンテレビサイドが自前のHP上で、「社名の由来」でも何でもいいですが、公開できる範囲内できっちりとしたものを明確に提示しておく必要があると思うのです。

何もWIKIのすべてがいけないなどとは言えないのですが、いつまでも間違った理論が残ってしまうのも困り者でしょう・・・。

そこまでする必要もないのかも知れませんが、何かきちりとしたものは残しておく必要があるのではと考えております。

とくながさん
私も、そのように思うこともあるのですが
一方公式WEBに書かれないことを、調べて書かれるというのはありえることです
私はWIKIが悪いというのではなく、WIKIに誤情報をわざと掲載したり、確証がないことをさも、それが正しく「他は俗説で誤りである」と断言するあたりを疑問に思うのです。
それから、放送局は現在のことは取り上げても、過去のこと、過去にあった番組のことを正面から取り上げているところは少ないでしょう
ラジオ関西も、かっての栄光の番組を述べているのは皆無であり、唯一例外なのは「電話リクエスト」ですが、それも100曲CD発売中という現在の企画と関連がある一部分に光が当たっているだけのように思います。もっとも古い栄光にしがみつくイメージを忌むことは当然である、「先祖帰り」みたいな部分だけではなんともならないので、過去のことを語るのは記念誌か記念番組ぐらいしかないように思います。MBSがNJBや大阪テレビのことをWEBで多く語らないように、ラジオ関西も関西テレビやサンテレビのことはまったくというほど明らかにしておらず、知る人ぞ知る状態なのでしょう

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/189817/46397626

この記事へのトラックバック一覧です: 1970年代のサンテレビに関する画像資料:

« 同僚南悟先生のWEBができました | トップページ | マトリックス昭夫さんからサンテレビの画像を提供いただきました »