2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月29日 (火)

小野まつりフォトコンテスト事務局から回答メールを頂きました

問い合わせしておりました件について

本ブログ下記9月26日記事参照

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-4d5a.html

小野まつりフォトコンテスト事務局から早速下記のような回答が迅速・丁寧な文章とともに寄せられました

私としては、大変失礼なことを申し上げたかなと思うようなメールをさしあげたのにもかかわらず、紳士的かつ誠意感が感じられる内容だったと思います。
結果的には、このブログで指摘のあったことは基本的に正しい情報であったようで、近日中に正式決定がされるそうです。
私は、管理者の立場上確認できていないことだはといえ、いろいろな思いをもって告発される皆さんのお話を疑うような対応をしておりましたが、そこは匿名性のあるインターネットということで、私もぎりぎりの対応をさせていただくことになってしまいました。
読まれて、不愉快な思いをされた方もおられるかもしれませんが、いきさつ上や経過を十分ご理解いただきますようお願いします。

下記は、2009年09月28日 15:40発送メール回答の要点です。

<小野まつりフォトコンテスト事務局の回答の要点>
審査終了後、24日にHPに掲載。翌日、神戸新聞読者写真コンテストにすでに入選されている作品ということが判明しHPから急遽削除。

同日、審査委員長ほか、主な関係者に連絡をとり再審査に着手いたしました。

今夜フォトコンテスト担当委員会を召集いたしております。
再審査に至った経緯を報告のうえ、措置について決定し
その結果をフォトコンテスト担当委員会より正式に発表させていただきます。

</小野まつりフォトコンテスト事務局2009年09月28日 15:40発送回答の要点>

このような回答結果ですので、小野まつり実行委員会事務局は、できる限りの対応をされているものと、(現段階では)私は評価いたします。
なお、書き込み内容はすでにお知らせしていますから、委員会の最終判定にこれらの意見が参考になるのかも知れません
事務局からも「この度は貴重なご意見を賜り、重ねて御礼申しあげます。」とありましたが、私の意見だけでなくここに書き込まれた方々の意見に対するお礼とお考えいただければと思います

井川宏之先生から懐かしいサンテレビの写真をいただきました

Suntv

長田時代のサンテレビ局舎で

提供 写真家 井川宏之先生(TEN×TEN)

2009年9月27日 (日)

サンテレビジョン社名の由来についての途中調査報告

先日のWIKIの記載について問題を投げかけたこと

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-293d.html

少し いろいろなことがわかってきました

(1)サンテレビ社員の方(30年以上勤務という)に

アマチュア無線の信頼すべき友人ルートを使い聞き取りをしてもらいましたが「太陽」ということであった。

するとWIKI記載の

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3

<引用開始>
社名の「サン(SUN)」は、兵庫の瀬戸内海側(S)と日本海側(N)を放送で繋ぐ(UNIT)に由来する。また、SはSouth(瀬戸内海は県の南に位置する)、UはUHF、NはNorth(日本海は県の北に位置する)にもかけている。なお、社名の由来についてはいくつか俗説が存在するが、いずれも誤りである[要出典]。
</引用終わり>

上記のものが俗説ではないだろうか?

なお、協力いただいた友人は、ラジオ関西へ季節的にCMを出されており、サンテレビの営業とつきあいのある方でもありますので、それなりの対応をしてもらえていると思います。

(2)サンテレビの何周年かの書籍があるということ

9/27 写真家の井川宏之先生にお会いした折、私は出ておらないと思っていた何周年記念の社史のようなものが存在し、井川先生がお持ちのようなのです。かなり昔のものなのでしょうか。探していただけるみたいなので楽しみです。どうもその本には、番組のことや放送のエリアの変遷も書かれており、開局当初の図もあるが、ほんの小さなものであったというお話を伺いました。

これでは、瀬戸内海と日本海を結ぶレベルではなかったことも明らかだろうと思います

以上途中報告をします

 

2009年9月26日 (土)

小野まつりフォトコンテストの問題について匿名投稿がありました

2回ほど小野まつりの写真コンテストのことについて「自分との相性が悪い・今年もだめだろう」とこのブログにも書き込んでおりましたが、先日予想通り「選外」の通知が届きました。
そうしているうち、匿名のコメントが書き込まれており、こちらに転載させていただくことにしました

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-a6d8.html
<投稿内容を転載>
第32回小野祭りフォトコンテスト金賞を取られた■■さんの「△△△△■■■■」は今月の神戸新聞読者の写真コンテストで準入賞■を取れれてるのになぜか小野祭りでは金賞なんでしょうか? 小野まつりフォトコンテストの規約では未発表のものに限るとなってるはずなのに、タイトルも同じ、当然作品も同じ二重応募作品は違反のはず、 本人のモラルを疑います、それと審査された方はどこを見てるのでしょうか? 
地元新聞ぐらいチェックすべきでしょう。
こんないい加減な審査だとは思いませんでした残念です。
</投稿内容転載・引用終了>ただしお名前等を伏字にしました。
まず、私は上記のことについて作品展示会を見に行っておらず、また、入賞リストや作品の写真も見ておらず、どのような作品が入賞されたかは存じておりません。

たしか展示会は10月だったと思うのですがどこかでご覧になったのでしょうか

WEB上でも入賞者発表はされておらないことから、文面からして応募されており、私と同じような感覚をもっておられたのであえて書き込みされたものと推察します
同じ題名はいいとしても、同じ写真であれば二重応募となり問題があると思います(一般論として)
私は見ていないのでなんともいえないのですが、この方は昨年度も小野まつりの上位賞をとられておりますし、前年度9月の神戸新聞でも準入賞されておられますが、昨年の場合は両者の写真は明らかに別物だったと判断できると思います。
このような、前年度上位入賞の方(審査員が同じなら入賞しやすい)が同じ作品を神戸新聞に送ることは、普通リスクがありますので考えられないように思います。
ただ、類似作品なら同じ団体のステージを何枚も撮っておれば 少し見ただけではわからない作品ということも考えられます。
たとえば、Aの写真は手をグーにしている。Bの写真はパーにしている程度の差であったり、連写で1秒程度の差であれば判断はむずかしいでしょう。
私も、だんじりの写真を良く撮り同じような題名で応募していることもあります。ただし同じだんじりが2台写っているものでも地区が違うだんじりの組み合わせでは私は「別物」と判断しますが、だんじりに詳しくない人が見れば類似作品でしょう。
1年前の祭りと同じ場所で同じだんじりを撮影しても別物と私は思います。背景やまつりの姿は似ていても参加している人も違い別物と思いますから「類似」といわれては困ります。
地方のフォトコンテストには、地元の方優先とか同じ入賞者が多いとか、規約があるのに応募が少ないからか入選発表をしないとか入選数を減らすなどいろいろなパターンを見てきました。
今回のことについてご存知のことがあれば私も当事者として興味あるところです。
なお、投稿いただいた方は、疑義を確証をもって感じたのでしょうから、ぜひ本部にクレームをつけてください。こちらに投稿するだけでは、問題は解決しません。このような話があるので対応を注目しましょうということしか述べられません。
コンテストのことはコンテストの委員会があり神戸新聞の発表後に小野のコンテスト発表をされていますから「類似ではない」と判断された可能性も大いにあります。もちろんコンテスト選者が問題ありと今後判断されると「取り消し」の可能性もあります
WEBに写真掲載されるはずですので本当に同一なら 私もそれなりの判断を求めるよう意見を出したいと思います。

なお、小野まつりの結果についてはどのようにしてお調べなったかお教えください。WEBでは見ることができなかったのと展示会が最近あったのを知らなかったものですので。

追記(2009/9/26 12時)

小野まつりフォトコンテストの公式ページはアクセスできない状態です。(いただいたコメント「既に結果発表がされていた」というURLに関しての参考画像です)

Ono

本内容は、小野まつりフォトコンテスト担当に問い合わせをしております。詳しくはコメントをお読みください

追記

このことについて 問い合わせメールの回答をいただきました

http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-057f.html

上記9月29日付け記事を参照ください

2009年9月25日 (金)

サンテレビジョンの社名の由来についての一考察

WIKIでは現在サンテレビの社名の由来について下記の説明がされています
これについての質問メールが複数の方からきましたので

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3

これによると
<引用開始>
社名の「サン(SUN)」は、兵庫の瀬戸内海側(S)と日本海側(N)を放送で繋ぐ(UNIT)に由来する。また、SはSouth(瀬戸内海は県の南に位置する)、UはUHF、NはNorth(日本海は県の北に位置する)にもかけている。なお、社名の由来についてはいくつか俗説が存在するが、いずれも誤りである[要出典]。
</引用終わり>

私の見解としては、サンテレビのサンの由来は
「太陽」と「3」を引っ掛けたではないかと思うのです

なお神戸新聞社史(80/90/100周年を見る限りWIKIのような由来は一切書いていないのです。
それをもって誤りだとするのは言いすぎだと思いますので、少なくとも「なお、社名の由来についてはいくつか俗説が存在するが、いずれも誤りである」という根拠は明らかでなく、下記の「太陽」&「3」説の根拠を示すことにしよう

(1)開局当時のサンテレビテーマソングは「みんなの太陽」

大きな街にも 太陽はひとつ (SUN SUN SUN)
小さな街にも 太陽はひとつ
JOUHサンテレビジョン
みんなの太陽 サンテレビジョン~(SUN SUN SUN)
みんなの太陽 JOUH サンテレビジョン~ (SUN SUN SUN)

参考 音声・画像
http://www.youtube.com/watch?v=NeIelDZFI-g
<同サイトから引用>5月1日放送の、開局40周年記念特番より録画しました。長田に あった開局当時の社屋や田中寛次・初代社長の挨拶を始め、歴代ニ ュース番組、懐かしのアナウンサーや谷口英明アナの若かりし頃の 姿など、貴重な映像が盛り沢山です。開局当時のサンテレビのテーマソング「みんなの太陽」のBGMも 一部登場します。</引用終わり>

この画像提供者はこのラジオ関西ファン常連のマトリックス昭夫さん?

当時の電波事情から 「大きな街にも 太陽はひとつ」でしたが、現在では大きな町ではサンテレビ中継局が数局写るところも多く
この部分の歌の歌詞はわざとカットされているものが多く、ラジオ関西では歌入りではなく演奏のみのものがBGMとして震災前ぐらいまで使われていました

(2)サンテレビコンバータ(3ch)の存在

開局当時、テレビといえばVHFのみのものがほとんどで、特に大阪平野部ではUHFの存在価値が皆無でした
NHK神戸放送局でもUHF県域放送をしていない時代です。
そのためサンテレビではサンテレビコンバータを作り、球場などで配っていたようです。
私も、これをもっておりました。このブログでも過去に記事にしました
このことを、私以外でインターネットに記事がないか調べると、サンテレビの公式ブログにも

http://www.sun-tv.co.jp/announcer/taniguchi/diary0506.html

<引用開始>
ところで、この日球場入り口でコンバーターなる小さな機械をいただいた。
聞くと、間もなく開局するという神戸のサンテレビの職員が、お客さんに配っていた。
半信半疑で持ち帰り、家のテレビにセットすると試験放送中の新しいチャンネルを見ることができた。新鮮な驚きと喜びがあった\(^o^)/これがサンテレビとの初めての出会いである。
以来、阪神戦の完全中継にのめりこみ、阪神タイガースというチームの不思議な魅力に惹かれていった。手前味噌ながら、何があっても最後まで放送するサンテレビを見て阪神ファンになった一人である。
</引用終わり>

http://blog.nikkansports.com/baseball/asaoka/archives/2006/04/post_65.html
<引用開始>
昔 昔 父に連れられて甲子園球場に行ったときに
UHFサンTVしか見ることのできないコンバーターを無料でもらいました。(甲子園開幕初戦だったと思う)
まだTVはVHFオンリーでUHFを見るには別なハードが必要だったのです。その年がサンTVが開局でした。
父はすぐに電器屋を呼び、UHFアンテナを設置し、それから毎日毎日タイガース戦を見てきました。
当然 家族はみんなタイガースファンに。。。。
</引用終わり>

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1024878715
<引用開始>
3チャン=SUNサンテレビ(36chですが、開局当時のUHF受信用コンバーターのVHF変換が3chを使ってたため浸透)
</引用終わり>

(3)開局当時のマークも太陽やビデオテープをイメージしているようにも見える
少なくても 瀬戸内海や日本海をネットするイメージではないように思う

当時の電波事情からいうと、現在のような中継局ネットワークを県域民間放送のU局が構築することを想定するのが不自然
サンテレビは、民間放送なのでできる限り中継局を増やさず、本局36CHの大増力を狙うのが当然。
摩耶山の大電力局が実現しているおかげで大阪府にも良質の電波を届けている。同様の例でKISS-FMは摩耶山では同居するNHK神戸FM(500W)の2倍の電力(1kW=1000W)が免許されている
これは、中継局を減らすというのが考え方の基本にあり、ラジオ関西の豊岡局(1kW)と豊岡周辺のNHK小電力中継局数局のパターンも同様
なお、サンテレビの中継局は多数あるがサンテレビ独自の中継局というものは皆無のはずで、民放共同のものや、NHK以下全局が同じ中継局というパターンも多数です。
局舎の建物だけ共通としているのではなく、アンテナも送信機も一緒というパターンも一般的らしいですよ
何せ、兵庫県は山間部が多くUHFテレビ中継網はNHKの努力が多くあるはずです。
第一、開局時に親局36をいかに阪神間に浸透させるかが課題であったことはサンテレビコンバータからみても明らかで、「日本海から瀬戸内海までUHFネット」なんておこがましいような状態だったように思いますし
これを実現できたのも昭和50年代後半のように記憶しています

なお、なぜサンテレビコンバータが3チャンネル出力だったかというと、私は次のように考えています
(1)VHFテレビは1から3のローチャンネル、4から12のハイチャンネルと実は2つの周波数帯に分かれております
   当時の技術力からいって、ローチャンネル出力方式の方が安く作れ安定する

(2)大阪・兵庫県南部では 2チャンネルはNHK総合テレビ、1チャンネルには徳島県の四国放送が放送していた。
   阪神間で、四国放送は受信無理であるが、逆に徳島では大阪の放送局を見ることが行われていた。
   淡路島などでは1チャンネルの四国放送受信をする地域もある。

(3)上記のことから、受信周波数UHF36チャンネル 変換周波数VHF 3チャンネルというサンテレビコンバータが開局までに作られた。

サンテレビは、設立時には兵庫テレビジョン放送で、設立後すぐ社名変更をしサンテレビジョンとし、開局をしている。開局時からの目玉商品は阪神タイガース戦の完全中継であり、この試合完全中継という放送テクニックはラジオ関西のお家芸というべきものであった。それもそのはずサンテレビにはラジオ関西から25名もの出向者がおり、そのためラジオ関西では深夜放送などでは遅れをとった感があった。あの奥田博之アナがタイガース中継もしていたのは、当時のサンテレビの制作陣にはラジオ関西出身者も多く、松島武雄アナも実はラジオ関西出身といえばわかっていただけるのではないかと思います

さて、長々とサンテレビの社名の由来についての話を書いたのですが、これ以外にも私自身が子供のときサンテレビに問い合わせた記憶があり「太陽と3」だったと覚えているからです。もちろん、録音なんかはしておらず正確な日時などの記憶も曖昧です。しかし、私は小学生時代ラジオ関西にも問い合わせし、海のみえる放送局の入ったチューインガムのLPを購入していることはラジオ関西ファンのWEBでも公開している通りです。残念ながらサンテレビの長田時代は局には立ち入っていないのですが結構いろいろな放送への質問をする小学生だったのです。

 インターネットは便利ですがWIKIに書かれたことを当然としてブログに書く人も多く、これが続くといつの間にかこれが真実のように広がっていきます。一度サンテレビにも問い合わせしたいと思うのですが、私はもう小学校時代のような小学生なら許してもらえる質問はしにくくなりました。しかし、いつかはこの問題についてそれなりの結論を出したいと思っています

2009年9月22日 (火)

デカンショまつりフォトコンテスト 優秀賞

8月に応募していた篠山市のデカンショまつりフォトコンテストについて、入賞通知の封筒が郵送されてきました。昨年は入選でしたが、今年は優秀賞となり、最優秀(1名)に次ぐ優秀賞(2名)ということになりました。最近「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」式でとりあえずチャレンジ中です。少しは打率が向上したみたいです。あと兵庫県では、小野の夏祭り、明石市民まつりを残していますが、小野は相性が悪く3連敗になるのではと思います。

第2回デカンショまつりフォトコンテスト 優秀賞(選者:写真家 佐伯康博先生)
 デカンショまつり実行委員会 篠山市・篠山市商工会 平成21年9月文書連絡
 篠山市立篠山市民センター 2009/10/3-10/8展示

2009年9月17日 (木)

ポートライナー・六甲ライナー沿線写真コンテストの賞状到着

Dsc_7077

佳作の賞状が郵送されてきました。封筒にはポートライナーと六甲ライナーのデザインがありました。このようなものを入手できるだけでも地元コンテストは楽しいものです。

さて、入賞作品展についても連絡がありましたので、ここでもお知らせします。

実施日 平成21年9月18日から9月30日まで。

場所  神戸市中央区ポートアイランド 

     市民広場2階回廊「画廊ポルティコ」

http://www.siminhiroba.net/info.html

また、作品については 神戸新交通の次年度卓上カレンダーにも採用されます。

2009年9月16日 (水)

神戸新聞9月16日朝刊「読者の報道写真コンテスト」準入賞

今朝の神戸新聞朝刊で発表された「読者の報道写真コンテスト」2009年8月分で、私の応募作品が、準入賞(A)となりました。

神戸新聞公式WEBで見ることができます。

http://www5.kobe-np.co.jp/photo/thismonth/11.php

8月は、尼崎の貴布禰神社のだんじりまつりと、篠山市のデカンショまつりのものを応募しておりました。私は兵庫県内のものは神戸新聞の読者の報道写真コンクールへ、主に県外のものは日本カメラなどの写真雑誌へ応募。また地域独自のフォトコンテストはその時期に応じ応募しています。昨年の8月は尼崎のだんじりの写真が選ばれ、今年は「山あわせ」の写真も送ったのですがだめでした。

なお、今回の入賞・準入賞の名簿を見ますと、同じ写真クラブ(全日写連・兵庫・PICK支部)でお世話になっております2名の方のお名前(佐々木様、守屋様)が載っているのを確認しました。これらの方々は以前から応募されておられ何度も写真が掲載されておられる方々です。地元の写真コンテストでも良く入賞されておられる方々のお名前も多く、表彰式などでお会いした方も増えてきました。

今回、その中でも思わぬ名前を発見しました。本山中学校時代の数学の先生で、その後市内の神戸市立の中学校校長になられたことは存じておりました方(と同姓同名かも知れないのですが、南秀人さんという方なのです。)が、写真雑誌でもこの名前をお見かけすることが最近数回あり、そこでは年齢も書かれているので、また今回神戸市ということもわかりましたので、同姓同名の別人の可能性は少なくなったと思っています。私は高校教諭という職業柄か中学時代の先生の名前は良く覚えておりまして、いまでも中学校の書類や入学・卒業式の祝辞・名簿などでお名前を拝見するとがんばっておられるのだなあと嬉しく思うものです。もちろん私のことはご本人は覚えておらないと思いますが。

 先日も姫路港のフォトコンテスト写真展でも、会場で兵庫県の元工業高校長の先生とお会いしました。同じく入選ということで驚いたことがありました。さらに、別の趣味であるアマチュア無線やラジオ関西の番組がらみで知った方とフォトコンテストの表彰式や写真展でお会いすることも増えてきています。世の中は狭いものです。

神戸新聞は準入賞が4月、6月、8月と1月飛ばしで準入賞が続きました。それでいくと9月は無理?ということではなく、なんとか上位に行きたいものですが、ここの常連の方は全国誌や各種フォトコンでも知られる方が多く、ハイレベルですので私にはなかなか超えられない壁があるのだろうと思います

神戸新聞「読者の報道写真コンテスト」2009年8月分
準入賞(A) 「新しい木造大櫓で」2009年9月16日付神戸新聞朝刊 掲載

超望遠レンズを購入しました

私は今までは最大でも300mmのズームレンズしかもっていませんでした。DXフォーマットの一眼デジカメのD300ですから、実際にはその1.5倍の450mm相当で撮影するのですがそれ以上の超望遠のレンズを探しておりました。

今回、3つのレンズを入手しましたので、早速先日、9月13日(日)に行われた地元の秋祭りのだんじりを撮影してみました。

まず、今まで良く使っていた高倍率ズーム18-200mmで同じ場所から撮影してみました。

Dsc_6947

撮影場所 神戸市立本山第三小学校校庭

東灘区「中野」地車 ズーム18mm(27mm相当)

Dsc_6948_2

AF-Sズームニッコール18-200mm 

テレ端側200mm(300mm相当)で

以上は、今までのレンズでの撮影です。

Dsc_6949

これは ミラーレンズ500mm F8で撮影

(750mm相当の画角 絞り優先・マニュアルフォーカスで)

Dsc_6951

これはAFズームニッコール70-300mmに、今回購入した2倍のテレコンバータを付けて、マニュアルフォーカスで撮影したもの

したがって300mm×2倍で600mm

D300 DXフォーマットなので600×1.5=900mm相当の画角になります。

Dsc_7072

左側が、今回購入したミラーレンズ500mm F8

右側はAF-Sニッコール70-300mmVR F4.5-5.6G(手振れ補正がついたものです。今回撮影には使用していません)

雑誌はB5版ですので大きさの比較のため入れました

Dsc_7074

こちらは テレコンバータを無理やり取り付けた ニッコールAF70-300mmVR無しの安物。新品でも2万円程度のもの。今回テレコンバータを使用するため、絞りは開放から少し絞ったところで固定する工夫をして撮影できるようにしたものです。

Gタイプレンズで何もしなければF22の閉じた状態となり、これを2段絞ることになると暗くて使えないため、絞りを開放側近くに固定するよう改造しました。といっても元にすぐ戻せるように固定具を作ったという程度です

300ミリでは通常開放でF5.6なのですが2段暗くなると、F11。ISO感度を高く変更できるデジカメなので晴天なら、それなりに使える感じです

ちなみにこのテレコンバータをつけた 900mm相当の画像は1/50秒のシャッタースピードで撮影となりました

750mm相当 F8 ミラーレンズの画像は 1/250秒のシャッタースピード 同じISO400での撮影ですから、テレコンバータは2段、さらにレンズでの絞り羽根を無理やり1段絞りということで、変にテレコンバータで大きくしたものより500mmF8固定のミラーレンズの方が明るいということに・・あたりまえといえばあたりまえですが

ちなみにミラーレンズは通販で新品でも1万5000円ほどの安物、テレコンも神戸元町で5000円以下で入手した中古品。ちなみに常用のズームレンズは10万円程度なので、今回購入のミラーレンズ(KENKO製)はいかにリーズナブルなものかがわかります。ただしニコンのミラーレンズであれば定価10万は超えますが。

Dsc_7069

最後に、今回衝動買いした超望遠レンズ

なんと800-1250mmのレンズF9.9-15.6

換算しますと1200mmから1875mm

Dsc_6742

遠方の電柱を撮影しますと、このようにガイシが手に取るように写ります。いったい何を撮るのだといわれそうです。

これも格安で入手しました。もちろんマニュアル撮影です。

ちなみに、この電線とガイシの写真は「手持ち」撮影で三脚などは使用していません。しかし撮影には苦労します

2009年9月15日 (火)

サンテレビ賞の楯のマーク

9月5日の記事で、相生ペーロンまつりで頂いた「サンテレビ賞」の楯のマークについて、その後の調査結果について報告しましょう

Dsc_7067

上記が、再掲となりますが、どこかで見たような気がするがよくわからないマーク。しかし神戸新聞に関係するマークではないかと睨んでおりました。

神戸新聞のマークというと、私は下記のマークと思い込んでおりました。神戸新聞関係の賞状や後援イベントの旗には良くみかけます。

Dsc_7068

鳳凰のところにある、赤いマークです。確かこのマークは神戸新聞販売店などでも見かけたように思います

意外と身近なところに答えはありました。下記の写真は私が所有する神戸新聞90周年記念誌です

Dsc_7065

表紙の右上に2つのマークがあります。拡大すると

Dsc_7066

上のマークは、サンテレビ賞の楯にあったものと同じであり、下のマークは、デイリースポーツ社のものと思います。この神戸新聞90年史の中には後半部分にはデイリースポーツ社の40年誌になっているからだと思います。

結論からいうと、この90周年誌が発行された1988年(昭和63年)時点では、この梅鉢のマークが社章、そして賞状にあるものが社旗のマークだということです。同誌4ページによると、梅鉢のマークは、神戸新聞発刊2年後の明治33年9月に読者からの懸賞応募により定められたもので創刊が明治31年2月梅の花咲く季節にちなみ、情熱の紙面と平和を象徴したものということらしい。

この社章が社旗としても使われてきたが、昭和43年の創刊70周年に新社旗を制定したという。公募作品で神戸市のデザイナーのもので、超高速度輪転機をイメージしたものとあります。中央は地球を象徴した円、その上下にはニュース取材・報道網をあしらった3本の線ということです。私の記憶にはこの昭和43年制定のデザインが定着しています。ちょうど高度成長期終盤でFM大阪開局前のラジオ関西電話リクエストの黄金期という時代ですね。

しかし、それでいうと2008年は110周年、最近お会いした神戸新聞記者や幹部の方の名刺にはトリが飛んだようなマークが入っており、神戸新聞のタイトルの下にも掲載されていますので、もしかすると110周年で何かがかわったのかも知れません

そう思って、先日神戸新聞の本社ビルのマークを雨の中撮影しました。500ミリの超望遠ミラーレンズ(35mm換算750mm)の画角です。F8の暗いレンズで雨天ですからあまり良くありません。

Dsc_6894

神戸情報文化ビルにある神戸新聞の社旗マークは2009年9月12日撮影時点では、やはりこの高速輪転機マークでした。しかしラジオ関西がまだAMKのマークになっていることから、このビルのマークは古いのかも知れません。

雑誌「写真の教室」38号に作品が掲載されました

懲りずに続ける写真雑誌への作品応募。

やはり「日本カメラ社」とは相性がいいみたいです。

今回38号から、リニューアルとなった「写真の教室」(日本カメラMOOK 季刊)今回から発売月がかわったことと、選者の先生が女性になったこと(写真家:岡本洋子先生)どのような作品が好まれるかわからないので、祭り写真と動物写真を送りました。

しかし発売日が近づいても通知が来ないので、あきらめていたところ9月14日(月)の発売日当日に入選葉書がきました。

Dsc_7062

日本カメラの月刊誌のときは相当前に、賞状が送られてきますがこちらの方は37号で「もう少しです」で賞品がいきなり送られてきましたが、入賞の場合は通知葉書ということを知りました。早速書店に行き、入手しました。王子動物園で撮影したペンギンの写真です。

Dsc_7064_2

季刊雑誌「日本カメラMOOK 写真の教室」38号
写真の教室 フォトコンテスト -入選- 「みんなでドボン」写真・コメント・氏名・撮影情報掲載
平成21年9月14日発行 第38号 90ページ 撮影場所:王子動物園(ペンギン) 日本カメラ社平成21年9月11日通知発送 

2009年9月10日 (木)

神戸新交通 第2回ポートライナー・六甲ライナー沿線写真コンテストに入賞

7月に応募していた神戸新交通のポートライナー・六甲ライナー沿線写真コンテストの入賞連絡電話があった。3点応募していたので作品名を知って驚いた。実は自分では一番良くないと思っていた作品だからです。思いおこせば、このコンテスト昨年には応募締め切り直前に募集要項を知り、真夏の写真で準備計画もせずとりあえず撮ったものを応募し選外となった失敗がありました。そのため今回はコンテストがあるという前提で、4月のチューリップ、桜、5月のだんじり(!)と六甲ライナーとともに写したものを応募しました。

私の本命はもちろん「だんじり」です。住吉川沿いに下り、住吉神社へと宮入に向かう地車と六甲ライナーというもの。実は、これに期待していたので、違うだんじりと六甲ライナー3枚で応募しようとさえ思っていたが、応募制限数3枚とも似通ったものではまずいと思いチューリップや桜とをあわせて送ろうとしたものでした。自分の中では3枚中3位の写真。相生ペーロン祭のフォトコンのものでは、ある程度自分の予想と当たっていたところがあったのですが、今回は見事に予想を裏切ったものとなりました。いかに自分の見る目が足りないのかとも思います。今年のスルッと関西のフォトコンテストには近鉄の写真で応募しましたが、今のところ何の音沙汰もないのでだめだったのでしょう。昨年に引き続きスルッと関西入賞ということにはならなかったようです。今年は山陽電鉄沿線の写真コンクールに入選しましたが、このコンテストは電車が写っていなくても良いコンテスト。それに対しスルッと関西や神戸新交通の写真コンテストは鉄道・車両が写っていることが条件です。

なお、以前に和田岬のだんじりと神戸市バスを写したものが神戸市交通局の写真コンテストで入選させていただいたことがあり、今回は2匹目のドジョウを狙ったという観もあります

なお、六甲ライナーの沿線には桜と六甲ライナーがうまく写るところが少なく場所を選ぶのに苦労をしました。人も写っていない写真なので(他の2つは人が入るもの)このあたりも、他の入選作品を見て研究し来年に備えたいと思っています

第2回ポートライナー六甲ライナー沿線写真コンクール 佳作入賞「桜と六甲ライナー」
神戸新交通株式会社 平成21年9月9日連絡
入賞作品は、神戸新交通株式会社作成のカレンダーに掲載、公式WEBページに掲載予定

2009年9月 5日 (土)

はじめての写真コンテスト最上級受賞

相生ペーロンまつりの写真コンテスト第3部(陸上・カーニバル部門)の推薦受賞が決まったということは以前にお知らせした通りなのですが、その後平成21年9月1日付神戸新聞朝刊にも結構大きく紹介され、私を知るいろいろな方々から「記事を見たよ」というように声をかけていただいたり、またわざわざ電話やメールなどで連絡をいただけることが多くなった。

さて、今回は私にとって、ローカルとはいえど初の「最上位クラス」の写真コンテスト受賞であり

また、受賞が「サンテレビ賞」という放送マニアの私にとって非常に名誉というか喜ばしい賞状等も同時にいただけることになった。

大相撲のように優勝者には、本来の賞以外にもいろいろな協賛団体から賞があるのはテレビ中継で知っていましたが、写真コンテストの世界にも一度の受賞で複数の表彰があるとは思っても見ませんでした。

Dsc_4643

ペーロン祭り奉賛会長は相生市長。上記のものが本賞である。

Dsc_4641

サンテレビ賞の賞状

サンテレビ「の」印というのをはじめて見ました

デザインも鳳凰の部分に「ひまわり」開局当初を思い出すいい雰囲気である

さすがに「おっサンテレビ」とか「ピチピチの40歳」とかは無い

さすがに 最近のあのおっさん太陽マークは賞状には無理だろう

Dsc_4642

サンテレビからの「盾」非常に大きく立派

Dsc_4644

盾に入るこのマークは何?(アップしたところ)

このマークがついた盾は、1部、2部、3部の「推薦受賞者」に同じデザインのもの(もちろん会社名の賞は違うのですが)が手渡されていたので、神戸新聞、デイリースポーツ、サンテレビジョンの各賞とも同じ大きさで、賞名だけが違う盾だった。するとこれは相生ペーロン関係なのか?。それにしては「神」という文字が変である。相生商工会議所の事務局の方に聞くとやはり相生の関係ではなく、提供者の神戸新聞のものではと思うようになった。神戸新聞のロゴや各種イベントの旗にはなく、最近お会いした神戸新聞記者の方の名刺ではトリが飛んでいるようなマークが入っている。古い時代のマークかそれとも本来の社章かグループのマークなのかなとも思う。もしもこのマークをご存知でしたらお教えいただくとありがたいです。よろしくお願いします。

2009年9月 3日 (木)

高槻市民まつり写真コンテスト佳作連絡

8月上旬の高槻市民まつり(大阪府高槻市)写真コンテストの佳作連絡が郵送されてきました。こちらは今回はじめての入賞です。

Takatsuki

次の写真は、高槻市民まつりで撮影したものですが、入賞作品ではありません。佳作となったのは、オープニングステージで、急に雨が降ってきたときの様子を撮影したものです。

Dsc_9617

公式WEBに作品掲載あり

http://www.takatsuki-matsuri.org/photo/2009_01.html

その後の写真コンテスト

2009年高槻まつり写真コンテスト 佳作「雨のオープニング」
大阪府高槻市・高槻まつり振興会 平成21年9月3日郵送文書受領
第40回市民フェスタ高槻まつり写真展
  平成21年9月10日(木)~9月16日(火)高槻市・ミング阪急1階「ハミング広場」
  平成21年9月17日(水)~9月24日(木)高槻市・アクトアモーレ1階エスカレータ前
  平成21年9月25日(金)~10月4日(日)高槻市・西武高槻店2階特設会場
  平成21年10月5日(月)~10月9日(金)高槻市学習センター

2009年8月期 NHK学園カメラメイトコンテスト 佳作2席(選者 写真家 平野正志先生)
 日本放送協会学園      平成21年9月連絡
 NHK学園機関紙「写真」92号掲載  

2009年9月 2日 (水)

8月30日明石市民まつり

8月30日(日)明石市民まつりに行ってきました。

Dsc_5539

明石市民会館

Dsc_5402

開演まえの客席

Dsc_5404

明石市観光大使(時のプリンス&時のプリンセス)最終選考会は「ラジオ関西」協力。

谷五郎さんと中野涼子さんが出演

Dsc_5416

ガリレオ博士役の谷五郎さん(いちばん右)

助手役の中野涼子さん(左から2番目)

観光大使選考会に似合わぬ(?)演劇風

Dsc_5439

決定した「時のプリンセス」にインタビュー

昨年この明石市民まつりフォトコンテストで「優秀賞」をいただいたので今年も参加をと思い来たのですが、当日配布のパンフレットにはフォトコンテストの案内記載がなく、どうやら今年は昨年のような「市長賞」などのような表彰式をいするコンテストではなく「宮嶋茂樹写真賞」として5点を選びWEB上で発表するという形式になったようだ。(事務局に電話確認)。市の広報誌には概要が掲載されていたが詳細は電話でとあった。その後WEBでも案内が載せられている。

今年は選挙当日と重なったせいだと思うが、中崎小学校校庭などの大きな屋外ステージはなく、市民会館のステージが立派なものとなっていたように思う。おそらく小学校では選挙の投票所となっているのだろう。市民まつりの計画はかなり前に決定されていたと思うので仕方がないのだろうが、選挙に、また市民まつり運営には市の方々も大変だっただろう。特に明石は以前の事故のこともあり、安全には非常に神経を使っておられるのだろうと思うと本当にご苦労さまと思う。写真コンテストも、多くのカメラマンがカメラをもって会場に行くことが犯罪の抑制にもつながるということを聞いたことがある。私は賞品目的というより、プロの写真家の方にみていただけるということが嬉しく参加をしている。すでに明石市市民まつりにも写真を選び送付した。願わくば記念になる「入賞通知」や「賞状」は欲しいところである。これも定着すれば立派なイベントになると思う

なお、観光大使選考にはラジオ関西の営業局長さん(執行役員の方)が審査委員をされていたので、相当の力の入れようである。

なお、ラジオ関西の公式WEBでは明石市民会館でラジオ関西主催のイベントも計画されている。明石とラジオ関西の関係が急に深まったように感じた。

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »