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2008年11月15日 (土)

川西英「神戸百景」のラジオ関西版画

Photo_2

先日話題にしました、川西英「神戸百景」のラジオ関西の版画を見に行きました。

ラジオ関西は昭和30年ごろから、川西英先生の作品と思われるQSLカード(ベリーカード)を発行していることは知っておりました。

現在でも多くのラジオファンの方々のすばらしいWEBページでも紹介されています

http://www.sakai.zaq.ne.jp/plaza_hoso/cr%202.html

結論からいうと、このQSLカードの図柄とは違うラジオ関西の局舎(須磨の平屋建て)のものがこの神戸百選の版画には使われています。そういえば局舎をアップした版画も見たことがありますがこれとは違っていたように思えます

なお、この神戸港のQSLカードでは、ラジオ神戸があたかも神戸港の西となりで、現在のハーバーランドあたりにあるかのようなイメージを持ちますが、実際は須磨にありましたから神戸港のとなりにあるようなこのQSLカードのデザインはいくらデザイン上のデフォルメとはいえ、少し因縁を感じさせられています。

なお、神戸港の版画で、海岸にラジオ神戸を描いた上記のWEBぺージに紹介されたQSLは間違いなく川西英先生のものということが理解できました。というのも作風だけでなく作者のマーク(版画ですので別の印鑑を押していたとは思えませんが)が川西英先生のものと理解できたからです。展示の100枚に同じマークがあるわけですから気づいたわけですが。

是非、ラジオ関西ファンの方々にはこの機会にご覧いただくことをおすすめします。新しい発見として、当時のラジオ神戸の社屋は平屋建ての社屋ですがこの版画の説明によりますと洋風で万国旗のような旗を掲揚していたようです。万国旗というと今では小学校の運動会で見る程度ですが、当時の感覚では商船などの船舶に見られる船のマストなどにも通信用として掲げる信号用の旗があり港町神戸の放送局として庭にはこれらをデザインしたマストのようなものがあり万国旗のように見える信号の旗と当時のラジオ神戸の旗が掲揚されていたような感じであったことがわかりました。

(注 この記事を書いたときには見学時メモをとっていなかったため、万国旗みたいなものという表現をしていましたが、正確には、「国際信号旗」という解説がありました。このことはマトリックス昭夫さんからのコメントをいただいた通りです。)

ただ、このようなコールサインを示すという万国旗のような信号旗が、いつも局舎の庭に掲揚されていたかというと、正直いって確証はありません。この版画のための脚色なのか、また特別な日だけに表示していたのかもしれません。

なお、文章を書かれた方は前述のとおり坪田耕吉氏で、文筆家・歌人・新聞記者のイメージなのですがよくわかりません。当時の肩書きは「朝日ビルデイング取締役」とあるので別人か、それともサラリーマンと2足のワラジだったのかもと思います。この神戸百景には、永田耕衣氏もコメントを寄せられていますが、永田耕衣氏は俳句の世界では著名な方ですが、兵庫県立工業学校卒業で企業勤務(工場の部長職)という職業を持っておられたような時代です。

http://club.kobe-np.co.jp/mint/article/odekake/marumaru20081025.html

参考までに 神戸新聞記者クラブの記事を上記に紹介します

そういえば川西英先生も兵庫県立商業学校出身者と書かれていました。戦前期の県工、県商というと、中等教育学校(旧制中学の扱いで神戸1中や師範学校などと同様に)は中等教育への進学者が少ない時代ですからそれなりに凄い、今とは違う時代だったのだと思います

また、この日は兵庫駅に寄り、山陽電鉄の「電鉄兵庫駅」跡地にある神戸市立兵庫勤労市民センターに立ち寄りました

Photo_3

地図でみると良くわかるのですが、結構広い道です。昔は兵庫駅からは市電も出ており、新開地-楠公前などを通り元町・三宮を結んでいたようです。すなわち山陽電車と阪神、阪急を結ぶ交通手段として神戸市電の役割があり、神戸高速鉄道はその役割を引き継いだものということがよくわかります

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コメント

西川さんも展覧会を見に行かれたのですね。
(私も昨日行きましたので、もしかすると何処かですれ違ったかもしれない・・・笑)
私のブログにも書きましたが、寄稿文によりますと、版画に描かれていた万国旗は正確には船の国際信号旗で、左が「JOCR」、右が「1490kc」の文字を旗で表したものなのだそうです。

マトリックス昭夫さんコメントありがとうございます
ご覧になっておられたようですね。三上さんの番組でも紹介されておられたのですね。あいにく私はそれを知らず地下鉄の駅で置かれていたチラシで知ったものでした。
私は11/15の正午過ぎのほんの少しの時間(予定があったので15分程度)だけうかがいました。そのため85番以降のものしか良くみておらず、近い内ゆっくりと見に行こうと思っています。
そうですねあの万国旗に見える旗は国際信号旗でしたよね。解説を読んでおきながらメモをとっておらず失礼しました。(早速本文に追記)
ただ、良く考えるとこの旗が常時掲示されていたのかというと少し疑問もあります。いろいろな写真や資料を見るのですが今まで気がつかなかったこともあるのですが 560KCに移行したときやめたのかもしれませんね。したがってこの画題はラジオ関西ですが、実際に作られたのは周波数のことからもラジオ神戸開局直後のことだと思います

さて、この展示会で「西新開地」というものがあるのですが 私が見る限りでは今の「新長田」あたりと思うのですが 疑問がまた増えています

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