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2007年1月20日 (土)

村上春樹「風の歌を聴け」に登場する電話リクエスト

「風の歌を聴け」はラジオ関西の電話リクエストをモデルにし、それを背景にした小説であると思われる。

村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」を読んだ。
この話は1970年の8月8日に始まり、18日後、つまり同じ年の8月26日に終る
すなわち、高度成長期を舞台としたもので、東京から夏休みに、生まれ故郷の海辺の街に帰省した主人公の大学生と、馴染みのバーでの旧友との再会や、女の子との出会いを描く。
七十九年度『群像』新人文学賞を受賞した作品で、村上春樹氏は芦屋市出身
その後映画化もされ、脚本・監督には「ヒポクラテスたち」の大森一樹(芦屋市出身)

WEBを調べると、小説には神戸や芦屋という具体的地名は出てこないが、彼の出身である、神戸・阪神間を舞台としていることは明らかのようだ
http://www.hyogo-tourism.jp/tourism/bungaku/kaze.html

映画に至っては、小説より一歩踏み込んだ展開をしているようで、
「ドリーム号で神戸」で、神戸まつりの乱闘まで、映画には登場するみたいである。このことは、「神戸とシネマの一世紀」(神戸新聞総合出版センター」にもかかれており
「神戸行きドリーム号」はもうない。---このセリフは、「高度成長以後の神戸のある種の空虚をいいあてた」と同書に示されている。

映画版のあらすじはこちら
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD17129/story.html

なお、この小説では、ラジオ局・ラジオ番組が大きな役割を示す。
小説中登場する局の名前は「ラジオNEB」(もちろんラジオ関西がモデルと考えられる)、登場する番組は「ポップス・テレフォン・リクエスト」(ポピュラー電話リクエスト)小説中では土曜の夜7時からの番組で、電話受付は6時から、局の受付電話10台は、休む暇なく受付。おまけにこの局はプロ野球中継はしていないという。(当時のラジオ関西そのままのように思う)
この番組から、主人公に電話がかかってくる。リクエストをプレゼントした女の子がいて、DJからの電話が電波に乗るという設定である。、その後、このラジオNEBはいろいろなところに出てくる。番組の記念品が送られていたり、ラジオへの投書が読まれたりする。

この小説では、ラジオNEBが、非常に重要な役割をしめすのである。
ぜひそういう観点で、この小説をおよみいただけるといいだろう
なお、この小説の主人公の故郷は、前は海、後ろは山、隣には大きな港町がある。人口7万で金持ちも多い高級住宅地であるようだ。(隣には大きな港町=神戸市。隣の人口7万の高級住宅地=芦屋市)

登場人物の「鼠」といわれる主人公の友人も、父親が一代で財を成した金持ちという設定である。

Crkinen6_1 海岸通りに車を止め、AMラジオから電話リクエストが聞こえる。
以前わたせせいぞうさんがラジオ関西のテレカ、QSLを描いたが、その風景を連想させる。(リクエストに応え、当時のテレカ画像を追加しました)

風の歌とは、何か これは、どうやら、村上春樹ファンでも、いろいろな意見があるようだ。

ラジオ関西ファンの私が解釈すれば、風の歌とは、主人公が青春時代聞いたラジオ関西の電話リクエストの音楽ではないだろうかという気がする。
 具体的にはビーチボーイズの「カリフォルニア・ガールズ」という曲になるが、このレコード音楽だけで、題名にあえて「風の歌を聴け」というのには無理があるように思う。「風の歌」は電話リクエストというラジオ番組のエピソードとともに、過去の自分の思い出があるからである。

「歌声は風にのって」という番組もラジオ関西には当時から存在する。芦屋で育ち、神戸の高校に学んだ村上春樹氏が、当時のラジオ関西の電話リクエストなどをモデルにするのは不自然ではなく、むしろそれほど影響を与えた番組であったといえるのではないだろうか。

映画化で大森一樹監督は「神戸行きドリーム号はもうない」と結んでいるが、その思いなら、私が感じるのは本文の流れから「ラジオ関西の電話リクエストはもうない」ということか

青春の思い出に決別することがこの小説の主眼なら、そのような感じにも取れる。

なお、村上春樹氏の執筆した1979年は、ラジオ関西がジャイアンツ路線をはじめたころで、映画化の1981年はポートアイランドが完成し、神戸博(ポートピア)の年、サンテレビも長田から移転し、神戸の姿が大きく変化した年であった。1970年代を終わる頃には、過去の「CR電話リクエスト」の姿はなくなっていたのである。金曜電リクの看板DJだった奥田博之アナはフリーになり、ラジ関の番組欄から名前が消え、NTV系「2時のワイドショー」の司会で全国区の人気となった。洋楽の三浦紘朗アナも朝の帯番組を担当された時代になった。ただし、ジャズタイム9(末広光夫さん)など特色ある番組も多い時代であったように思う。

なお、ラジオ関西の50周年誌には、この小説のことは述べられていないのも、不思議である。

 西川敏弘

(この記事は過去にラジオ関西ファンBBSで紹介したものですが、ブログ移行により加筆・再掲載するものです。)

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コメント

こんばんは。
私、村上春樹は何冊も読んでいたのに、この小説はまだ読んでいませんでした。今度読んでみます!

るんるんさんいつもどうもです。
この小説では芦屋の公園・プールなどが出てきます。ぜひ一度ご覧になってくださいね

お久しぶりです。
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どうしたら良いでしょうか?お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。

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