地方局の恐ろしき無線技術
サンテレビコンバータについては予想外に反響があり驚いております。(メールもいくつかいただきました)こちらからの返事につきましては、コメントの欄の続きにとうろくしておりますのでよろしくお願いします。
さて、放送技術のことについて、昨日のコメントにも載せておりますように、ラジオ関西、サンテレビとも放送電波を扱ううえで「兵庫県」の局としてかなりのご苦労をされたように伺えます。ラジオ関西については民間放送発足時の免許組であり、JOCRというコールサインは3番目に予備免許・コールサインの割り当てを受けたものです。(開局が3番目ではない)
JOAR名古屋、JOBR京都、JOCR神戸というように東京・大阪という大都市を無視したようにコールサインが発給されているのは東京・大阪という大都市では多くの開局申請があり、放送局の予定数は当然ありますので免許事業者を選定する絞り込むのに遅れたためであろうと思います。免許申請が早かったからCRになった訳ではないのですが、民間放送連盟発足時の伝統的放送局の地位を手に入れたことには間違いはありません。
しかし、大阪の放送局が受信できる神戸の地にあることから、大阪局との競合は避けることが出来ず、番組内容も特徴を出すことも当然として、無線技術・放送技術の面でも特徴を出してきます。神戸の放送局に割り当てられる周波数の変更、放送電力のパワーアップも他の地方局に見られない異例の扱いが認められてきたのも神戸が今の神戸以上に重要な都市だったからかもわかりませんが、TV局やFM局開局に熱意を示した神戸新聞の努力は見逃せません。
技術的には、須磨から淡路島への送信所移転など10KWへの増力のとき思い切った投資もされています。淡路島から送られる電波は海上伝播のため神戸市内はおろか、大阪湾沿岸都市には強力な電波を提供することが可能になっていたし、開局当時のパンフレットには、送信設備は「神戸工業」(現在の富士通テンらしい)製造とあり、その技術も神戸からだったことがわかります。
なお、サンテレビ開局では親局36CHが摩耶山・大阪向けビームが実現、さらに兵庫県の特徴である山間部など広範囲にわたる中継網など、新規参入放送事業者ではできないことを実現していました。
それができた理由は、神戸放送・ラジオ関西の放送技術者は、関西テレビ設立のときにもKTVへの出向や、技術研修受け入れなどを行っており、テレビ・ラジオの技術力を相当もっていたことが背景にあるようです。関西テレビの10周年記念誌P13でも「先輩局の協力で実務訓練」とNHK、TBS、CBCとCR(神戸放送)の4社を挙げ、編成制作から技術全般について数ヶ月にわたって実施された」と当時の神戸放送の技術力の高さが伺える内容となっています。
ラジオ関西と関西テレビは姻戚関係になりますが、その後UHFで各府県放送域の局が開局するとき、同じテレビ局の放送免許を2局もつことができないため、神戸新聞グループはKTVからサンテレビに移行します。東京では、ニッポン放送がフジテレビの株を大量に保有していることが、例の村上ファンド事件などでも明らかになりましたが、文化放送・ニッポン放送などはテレビ免許が与えられなかったラジオ局として株主としてフジテレビの経営に参画したのです。設立時関西テレビの副社長が、ラジオ関西社長が兼務していたことからもわかります。もし、サンテレビ間局が違った形になっておれば(開局がなければ)ラジオ関西と関西テレビの関係は違ったものになっていたはずです
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コメント
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サンテレビの摩耶基幹局の、「大阪向けビーム」は、プロ野球完全中継という目玉商品とも相まって、大阪府地方におけるUHFアンテナ普及に弾みをつけ、大阪府地方では、比較的短期間でUHFアンテナが普及しました。
一方で、昭和57年3月に本放送を始めたテレビ大阪は、基幹局が生駒山のため、
そこを基幹局としているテレビ局では初のUHF局だったため、生駒向けのUHFアンテナの取り付けが必要になりました。
そこで、本放送開始4か月前から試験電波を発射し、生駒向けアンテナの普及に努めましたが、テレビ大阪は、目玉番組が少なく、また低成長下での開局だったためか、生駒向けアンテナ普及に苦労しました。
投稿: らぶSun | 2006年10月 7日 (土) 12時48分
コメントありがとうございました
テレビ大阪ができるまでは阪神間、大阪湾沿岸地域では「VHFアンテナは生駒山に向ける。UHFアンテナについては神戸・摩耶山に向ける」というのが一般的だったのではないかと思います。
私は神戸にしか住んだことがないのですが、大阪ではUHFのテレビアンテナの「京都向け(KBS受信)か神戸向け(サンテレビ受信)か」が迷うことになるはずなのに、サンテレビはUHF受信の制空権を握ったのは興味深いところですね。
初期UHFテレビのアナログ放送時代は、大阪湾沿岸部には「アンテナ方向」という問題がありましたが、UHFの中継局が増加するにつれて、その地域では中継局の方向にアンテナを向けますが、その中継局で送信していないテレビ局の電波は、その局の親局などの方向に向けざるを得ないのですね。
大阪湾沿岸は、アナログ時代は「UHFは摩耶方向」ですが、デジタル地上波の時代となればアンテナを取替え=生駒方面ということになるのではという「おそれ」を感じているのは考えすぎなのでしょうか。
このあたりは不勉強ですので、調べてみたいと思います。
投稿: 西川敏弘 | 2006年10月 8日 (日) 00時46分