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2006年9月21日 (木)

サテスタ考

この数日、さんちかのサテスタを外観を中心に見てきたわけですが、ここからは例によって技術的なことも合わせて考えて見ましょう

サテスタ・サテライトスタジオとは衛星スタジオ、すなわちラジオ局本社スタジオではなく、デパートなど都市首部の商業施設など多くの人が集まる場所に設けられたスタジオでそこから公開放送を行うものです。高度成長期は放送といえばテレビになりますが大手ラジオ局は、百貨店・商業施設での公開番組・公開録音が全盛となります。在阪局でもMBSは梅田阪神百貨店内にあった松下電器のショールーム、ABCでは「ポップ対歌謡曲」などが日産のギャラリーからの中継、OBCも梅田・桜橋のビル1Fにサテスタがありました。地方でも同様で例えば広島では中国放送ラジオでは「柏村武昭のサテライトナンバーワン」という家電のダイイチ(現在のデオデオ)から放送され、これはダイイチの商圏である山陰放送や山口放送など数局にネットされ、局アナであった柏村武昭はオールナイト日本にも進出、後には国会議員にもなられました。

神戸・ラジオ関西でもさんちかサテスタでの放送は1日3回以上あり、さらに「姫路ヤマトヤシキ」「神戸大丸ベッコスクエア」「ファッションパーク」などでも公開録音番組があり、神戸そごうも多くの番組やイベントをやっていました

なお、地下街にラジオ局のスタジオを設けるというのは全国初で振動音や温度管理など問題もあったようです。

また須磨時代ラジオ関西本社1階にはラジオ関西ホール(CRホール)があり、ここでも公開放送が多くありました。この場所はサウンド5といっていた時代もありました。

1970

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